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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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12話 「小さな嘘」

 雪は昼過ぎには積もり始めていた。


 カフェの窓際席から見る旧市街は、まるで絵本みたいに白く染まっている。


「今日、帰れる?」


 颯真さんがコーヒーカップを拭きながら言った。


「たぶん……トラム止まらなければ」


「この雪だと怪しいな」


 私は窓の外を見上げた。


 朝は綺麗だと思っていた雪が、午後になると少しだけ不安に変わる。


 娘の下校時間も近い。


「迎え、行った方がいいですよね」


「もちろん」


 私は急いでマフラーを巻いた。


 その時だった。


「……あ」


 スマホの画面に表示された名前に、心臓が止まりそうになる。


 ――夫。


 数秒、固まった。


「出ないの?」


 颯真さんの声に、私は慌てて首を振る。


「あとでかけ直します」


 そう言って、画面を伏せた。


 本当は。


 なんとなく、今出たくなかった。


 理由なんて、自分でも分からない。


 夫が嫌いなわけじゃない。


 でも最近、電話が鳴るたびに少し息が詰まる。


「……喧嘩?」


 颯真さんが何気なく聞く。


「違います」


 反射的に答えてから、少しだけ笑った。


「たぶん、疲れてるだけです。お互い」


 颯真さんはそれ以上聞かなかった。


 その距離感が、ありがたかった。


 カフェを出る頃には雪が強くなっていた。


 私は急ぎ足で娘の学校へ向かう。


 途中、またスマホが震えた。


《今日の夜ご飯いらない》


 短いメッセージ。


 それだけ。


 私は立ち止まり、白い息を吐いた。


 ……なんだろう。


 ほっとした。


 その感情に気づいた瞬間、自分が嫌になる。


 母親で。

 妻で。


 ちゃんとしなきゃいけないのに。


 なのに私は、別の場所で少しずつ呼吸が楽になっている。


「ママー!」


 遠くから娘が手を振る。


 私は慌てて笑顔を作った。


「おかえり!」


 娘は走ってきて、冷たい手を私のコートに押しつける。


「つめたーい!」


「ほんとだ、雪だるまみたい」


 笑い合いながら歩き出す。


 その時、娘がふと聞いた。


「ねぇママ」


「ん?」


「最近、カフェ行くと楽しそうだね」


 私は思わず足を止めた。


 娘は何気ない顔のまま続ける。


「前より笑ってる」


 雪が静かに降り続ける。


 私はうまく返事ができなくて。


 ただ娘の小さな手を、少し強く握った。

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