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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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11話 「夜明け前のキッチン」

 まだ外は暗かった。


 冬のリューベルの朝は遅い。窓の外には、薄い霧と街灯のオレンジ色がぼんやり浮かんでいる。


 私は静かにキッチンへ降りた。


 娘を起こすにはまだ早い。夫も出張先から戻っていない。


 電気ケトルのスイッチを入れると、小さな音だけが部屋に響いた。


「……寒いな」


 独り言が、やけに広く感じる。


 冷蔵庫を開けると、昨日カフェで余ったシナモンロールがひとつだけ残っていた。


 温めようとした時、スマホが震えた。


 ――《起きてる?》


 画面には、颯真さんの名前。


 思わず時計を見る。


 朝の5時12分。


 私は少し迷ってから返信した。


《起きてます。今日は早いですね》


 すぐに既読がつく。


《店の仕込み。雪降りそうだから》


 そのあと少し間が空いて、もう一通。


《ホットチョコ、飲む?》


 胸が、小さく跳ねた。


 こんな朝早くに。


 しかも、わざわざ。


 私は笑ってしまう。


《行きます》


 送信したあと、自分で自分に驚いた。


 前ならきっと遠慮していた。


 迷惑じゃないかな、とか。

 変に思われないかな、とか。


 でも今は、会いたかった。


 カフェへ向かう道には、まだ誰もいない。


 吐く息だけが白い。


 店の灯りが見えた瞬間、不思議と安心した。


 ドアを開けると、甘いチョコレートの香りがふわっと包み込む。


「おはよう」


 颯真さんはエプロン姿のまま振り返った。


 少し眠そうで、でも優しい顔。


「……おはようございます」


「ほら。出来たて」


 差し出されたマグカップから、湯気が立っている。


 一口飲むと、濃厚な甘さがじんわり広がった。


「おいしい……」


「それ、今日の試作品」


「試作品?」


「冬限定メニュー。名前まだ決めてない」


 私はマグを両手で包みながら笑う。


「“夜明け前”とかどうですか」


「夜明け前?」


「なんか、今っぽいので」


 颯真さんが少しだけ目を細めた。


「……いいかも」


 その時だった。


 窓の外に、ふわりと白いものが落ちてきた。


「あ……」


 今年、最初の雪。


 静かな街に、ゆっくり降り始める。


 私たちはしばらく何も言わず、その雪を眺めていた。

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