91.夏の誘い
四月に入りこちらの世界では夏がやってきた。
王都からキッタカールに戻ってからは大きな事件も無く新しく建てられた大型浴場も街の内外どちらの人にも利用してもらって賑わっていた。
王都から送られてきた生活用の魔道具の設置も完了して俺の生活の質は向上していた。
エミルは第二区画に引越したのだが、
「今はこんなに魔道具も発達したのね。私の家にも欲しいわ」
と言いながらたまに使いに来る。
魔力が無いと使えないわけだし、試作品を使ってその報告を王都にしないといけないのだから使う人間が多いのはいいことだと思い使ってもらっていた。
徐々に気温が上がり暑くなりつつもそんな平穏な暮らしをしている中、モニカからノエルの通信石に連絡があった。
「そろそろ暑くなってきたしアキアンに遊びに来るのはどうなのじゃ?」
「アキアンに滞在中だからって何でモニカが連絡してくるのよ? 普通はピラクから誘いがあるものでしょ」
「細かいことは気にしない方がいいぞ、ノエルよ。うちはタロウに水着を姿を見てもらいたいのじゃ。ノエルも見せたいじゃろ?」
「私はそんなこと考えてないわよ」
「とにかく暑くなったし遊びに来るのじゃ」
モニカがそう言っているとピラクが入ってきた。
「ごめんね、ノエル。でも、私も遊びに来て欲しいと思ってるのよ。待ってるわ。それにタロウもそこにいるでしょ?」
ピラクにそう呼びかけられた。
「はい、聞いております」
「王都で話したけど、ここの海鮮は美味しいわよ。あなたも来なさいね」
そう誘われると行きたくなる。
「私にもキッタカールの仕事のあるのよ。そう簡単に遊びに行くだけでアキアンまでは行けないわよ。ここから一番遠いんだし、ハーピーにお願いしても往復で一週間はかかってしまうわ」
ノエルはしっかり自分の治める領地のことを考えて返事をした。
「じゃあ、タロウだけ来るのじゃ」
モニカは無茶苦茶な誘いをしてきた。
「タロウ様は今、新しくできたキッタカールの研究所の所長の任に就いてもらったのよ。忙しくてそれどころじゃないわ」
ノエルはそう返した。
実際は移住者の仕事を生み出すために浴場の準備や清掃などは人を雇うことになってだいぶ楽になったし、魔道具の試し運用も日々使う物なので負担ではなくむしろ生活が楽になって時短になっているので忙しくはないというのが正直なところだ。
「それに私、水着を持ってないのよ。水着って高級品だから、ここだと使う機会もないから持ってないの」
「心配するでない、ここをどこだと思ってるのじゃ!」
「何であんたが得意になっているのよ、モニカ。あのね、ノエル。一昔前はアキアンの海水浴も男女共にほとんど裸同然で行われていたのよ。でもね、それはやっぱり道徳上良くないって声が大きくなって安い水着をたくさん開発されて売られているのよ。ただ、王女がそんな安い水着を着ていたら民に示しが付かないから魔法で特殊加工された一級品を用意しておくわよ」
モニカの言葉を継いでピラクが言った。
確かに水着は普通の衣類と同じ素材を使ったら水に入った時に重くなってしまう。石油燃料を使えないこの世界だと元の世界でも昔あった羊の毛を使ったものが一般的なのだろうか。それを魔法で水に浸かっても重くならなくなっているなら素晴らしい。
「でも、それは何か悪いわよ」
「それなら新しい技術の視察ということでアキアンに来ればいいのよ。それに……」
「それに?」
ピラクが言いにくそうにしてるところをノエルが先を促す。
「プロシパの父、ここの騎士団が言うにはそろそろじゃないかって言ってて」
俺もノエルもそれで何かは分かった。
メルチェの言っていた厄災の話だ。
「モニカもプロシパもいるし準備もしてあるわよ。それでも少しでも助けがあると心強くて。ミネスにも声をかけるつもり」
ピラクとしては遊びに呼ぶというよりは少しでも厄災への準備を整えたいというのが本音のようだ。
もしかしたやモニカもそうだったのかもしれない。
「そういうことなのね。分かったわ。キッタカールのことは何とか調整する。そっちに到着するまで時間がかかるけどハーピーにお願いして急ぐようにするね」
「待ってるわ」
アキアンからの通信はそこで終わった。
「タロウ様も一緒にお願いできますか?」
「はい、もちろんです。今は浴場も俺がいなくても運営できますしアキアンの助けになるならお供します」
俺はこう言ったものの心の中ではリゾート都市に行ける楽しみの方が優っていた。




