第161話 異世界の命運①
互いに向き合う、最強の転生者たち。
そして、それは前触れもなく訪れた。
「ぐわぁああああっ!?」
「な、なんだぁ!?」
固唾を飲んで見ていた観衆たちが、突如として一斉に吹き飛んだ。
それだけではない。二人を中心にして神の地を破砕してゆくほどの暴風が舞い荒れ、ミライ達も留まりきれず体勢を崩してしまう。
「ふぅん。すごい能力使うんだね」
「そっちこそ酷いな。このパクリ女郎」
「いま一体なにが!?」
「あ〜、気にしないで。十数秒ほど止まってた時間の中でバトってただけだから」
「え、え?」
「停止した時間の中で動けるのは、時間の能力を持つ者だけ。って、相場は決まってるでしょ?」
「パクった奴に言われたくないんだけど」
「あはっ、でも死んだ回数はそっちのが多いんじゃないの?」
「死んだ、って……お前」
「うん、わたしも死んでるよ〜。七回ね」
「なっ!?」
七回。アルテンシアの転生者達に戦慄が走る。
マオは他の追随を許さないほど強力な転生者だ。それが、ものの数秒で七回も死んだ。
そんな相手に挑んでいたという事実も相まり、ミライ達は意識が眩むほどのショックを受けた。
「でも確信した。死んだら意識は六秒前に戻る。だから十秒もいらない、ミライちゃんが最終奥義の糸を六秒差して、運命を固定しちゃえば」
「私たちの勝利、ってこと?」
「いえ〜す、でもアイツ強いね〜。ま、単純に相性がそこまで良くないってのはあるけどね」
「よく言うよ。俺が周囲の雑魚を跳ね除けようとしたとき、それを全部防いでみせた。しかもアレだけ密集している人々を、重ならない軌道で吹き飛ばしながら」
「言われてみれば……誰も下敷きになってない」
「ま、でも大体わかった。弱らせるとこまではやるから、あとはお願い!」
まるで陽炎のような残像のみを残し、マオは一瞬でハルマの背後をとる。
ミライは感嘆と共に勝ちを確信した。だが、キョウヤだけは違った。
やり取りから古英雄のほうが不利なのは明確だ。ならば、いま抱いている余裕は何だと。
だからこそ、いや、既に目にしていたから。真っ先に敵の身体から這い出るソレに気がついた。
「ッ、ダメだ! ソイツから目を離せッ!!」
「ぁえ?」
貫手を直前で止め、後ろにステップをとる。
その判断は正しかった。ソレを目にして全身に悪寒が走った瞬間、理解した。
「ばぁ、ハるrMぁああざ、マぁあはわは」
「何じゃこりゃあ!?」
色の無い、十の人間を混ぜ合わせた腐肉の塊。
所々から伸びる不定形の腕と脚が、そして心の底から拒絶したくなるような呻き声が、ソレの悍ましさを表している。
「なにこれ……いや、なにこれぇ!?」
「かつてアルテンシアに居た仲間たちだよ。俺と同じく死にたくないって願い続けたけど、いつの日かこうなっちゃった」
謂わば、マナの適性が無かった者たちが混ざり合った成れの果て。
あの中には救世主のように舞い降りた転生者を慕い、愛し、忠誠を誓った者も居たのだろう。
だからこそ、あんな姿になり自我が変わり果てても、ハルマの側にいるという想いだけは変わらなかったのだ。
「ぃ、ぃぃぃ、ぃぃ」
「ぃやだ、見ないで、やだ、お願いやだ」
「え、え?」
そんな死生観を根本から覆すような神話生物を目にして、普通なら正気を保っていられるはずもない。
ミエコは全身の穴という穴から汁を出して奇声をあげ、またミライも恐怖で目や腕の焦点が合わなくなる。
彼女たちだけではない。吹き飛ばされた観衆たちも、その殆どが発狂してしまい暴れ出していた。
「虚無や絶望は伝染する。君らがどうして正気を保っていられるか不思議なくらいだ」
「っ、このクソ外道!」
再びマオが姿を消す。
「殺させないよ。俺の仲間なんだし」
「それ、どこ見ていってる?」
「……あー、死んじゃってる。酷いことするね」
「どっちが!!」
全身全霊で肉塊を一瞬で消滅させたマオの隙を突くように、背後より目の焦点の合ってない異世界人が襲来する。
どれもアルテンシアには見られない身体をしていた。そして発現せしは、転生者特有の特殊能力。
「まずっ、他の世界にも転生者いたの!?」
「アルテンシアだけに転生する、なんて道理が何処にあるの」
「わたしだけじゃ、こんな狂人ども対処できないよ!?」
『留まれェッ!!』
「っ!?」
響き渡ったのは、キョウヤの命令。
瞬間、マオとハルマ以外の人々が一斉に固まる。
「テメェが出来ねェことやりゃあ、オレが強ェってことでいいよなァ!!」
「ありがと、助かるよ!」
すぐさまマオが左手から紋様の描かれた札を出し、転生者たちへと貼り付ける。
そしてハルマの方へと右手を差し出し、彼の足元を蟻地獄の巣のように変え、また捕らえたところを何十層にも重ねた強固な紙のドリルで貫こうとした。
「螺旋に封印、そして紙の能力をコピーしたのか。なるほど、たしかに魂殻を出せないなら、まだ能力は伸びしろがあるか」
だが動けなくなった脚を切り落とし、そのまま側方へ跳躍されてしまった。
その後も他のコピーした能力で追い詰めようとはするが、決定打には至らない。
(ミライちゃんがこの調子じゃ、わたしだけでは倒し切れない。さすがに最終奥義のコピーは無理だし、これだけの人たちを守りながら戦うのもキツい……!)
死に戻りへの有効打を持ち合わせていない以上、マオに出来ることは敵の消耗くらいしかなかった。
(せめてアルテンシアの人たち……エリーゼちゃんとウォルターさんは、絶対守らないと!)
やがて命令の効果も薄れてくるだろう。
そうなったときのため、モンスターだったときから良くしてくれた人々を守る決断を取り、二人をキョウヤの近くへと避難させる。
「そんな奴らに構っている暇あるの?」
「当たり前だよ。大切な人たちだから」
「でも狂ってしまった。負の力には敵わない、所詮は」
「勝手に決めないでよ」
「は?」
ハルマが自分の耳を疑い、改めて声の先を辿り、目を丸くする。
ただの能力も持たない村娘が、根源的恐怖を乗り越えた。数千年も生きてきて例のない事態に、脳が一瞬だけ理解を拒絶していた。
「エリーゼ、大丈夫なの!?」
「当たり前でしょ。アタシ達には、ヒロが居る。どんなに絶望的な状況でも立ち上がり、プロキアを、アタシ達を守ってくれた勇者がいる!」
「そんな偶像で絶望を乗り越えた、だって?」
「アンタとは違うのよ。大切な仲間の名前も覚えていないような、アンタとは!!」
「――ッ」
ハルマの瞳孔が小さくなり、血管がビキビキと額に浮かぶ。
(アタシ達は、ハルマが居たから世界を取り戻せた。だからこれからも、ずっと一緒に居たい)
(私は、ハルマ様をお慕いしております。貴方が居てくれるなら、如何なる辛苦も乗り越えられますから)
「うるさいな……そうやって皆、果てに行ってしまったくせに!」
それが彼の逆鱗だった。
名も忘れた過去が脳裏によぎり、思い出した激情のまま吼えていた。
「みんな負の感情に染まるんだ。だから俺は、ここにいる。あんな貧弱ではない、真の人間が永劫生きられるフォタァザの世界に!」
「……呆れた。こんな奴、アルテンシアの英雄なんかじゃない」
「なっ!?」
かつて無力だった勇者を知っているからこそ。多くの戦いを見届けてきた村娘を知っているからこそ。
翻訳の少女も希望を取り戻し、再起した。その瞳を、無力に倒され続けてきたときよりも煌めかせながら。
「お前なんかより、ヒロのほうが余程いい。お前は、英雄以前に人間失か……っ!?」
「えっ?」
「あァ!?」
「……ははっ」
突如ミライが血を吐いてしまう。腹の底から震わせた声の後を追うように。
「……この、世界の悪魔が」
「ウォル、ター?」
生命を吸い尽くし力を増す、リバイアサン。
ヴォルフガング家に伝わる魔剣が、血肉を喰らうように彼女の心臓部を貫いていた。




