第154話 これが俺の装備だ④
「ずっと、ここで観てきたんだな」
ヒロが歩み寄ってくる。
どう接すればいいのか、わからない。
「大丈夫。声は、聞こえていたから」
そっか。ワタシ、助けてって言い続けてたんだ。
無意識に、貴方へ。でも、どうしてか理解できない。
「本当は、俺に宛てていたわけじゃなかったろ。ただ偶然、君の記憶を見続けて、意識が繋がってしまっただけじゃないかなって」
「……ぁ、らっぇ」
だからって、ここに来るなんて。
アルテンシアの核なのに。下手をすると、世界が消えてしまうかもなのに。
「消えないよ。絶対に消させない」
ヒロが示したのは、アルテンシアで暮らす人々。
「……っ」
信じられなかった。
皆が、世界滅亡の回避を願い。
一丸となり、逃げてきたモンスターから避難地を守り、暮らしていた。
世界を征服しようとしていたパディスの人々にも、太った貴族や侍の皇子をはじめに救いの手が伸び始めている。
「これ、ぁあたの、ったぉと?」
「言葉、出せるようになってきたじゃんか」
はじめてワタシが真面目に視た彼は、とても温かい笑顔をしていた。
「みんながアルテンシアの未来を願っている。そして、つい先日まで戦争をしていた相手にも赦しの手を伸ばし、取り合った」
「うん、でもそれは」
「だから滅びない。アルテンシアの人たちが大好きだから、絶対に滅ぼさせない」
そうか。
貴方の、本当の能力は。
『願望の成就』。人の心からの願いを叶える――英雄の能力。
「俺の願いが叶わないのは悲しいけどさ。でも、他人の願いを叶えて幸せになれるなら、それで俺も幸せになれるのかなって」
「ヒロ……」
「だからさ。助けを求める相手、他に居るだろ?」
「エリサーーッ!!」
忘れもしない。
透明で、理知的で、物心がついた時から一緒だった、ニグアス。
ワタシと共に最強を願い、アルテンシアの神になってくれた人。
「ぁ、ああぁ」
「ごめん……本当に、ごめん。フォタァザに身体乗っ取られて、エリサを、目の前で、ぼくは!」
「違うの。勝手に貴方に押し付けて。フォタァザの依代、なんど変わってあげられたらって!」
違う。こんなことを言いたいんじゃない。
せっかく、数千年ぶりに再会できたんだ。なのに。
「ここから出よう。エリサ!」
「っ――!?」
いつ以来かの心臓の高鳴り。
ワタシが、一番聞きたかった言葉が。
「でも……アルテンシアが」
「そんなのはもういい! 勇者が……何とかしてくれる!」
ワガママだ。今だからこそわかる。
こんな勝手を言ったから、かつての世界を滅茶苦茶にしてしまった。
でも、今だからこそ。ワガママを言える、言っていいような気がした。
「うん……うんっ!」
ヒロに押し付けちゃうな。
満足げな顔をしているけど、永遠の時に耐えられるのだろうか。
――ならば、せめて。
「ヒロは願いを叶えなくていいの?」
「えっ?」
ワタシと同じ道は歩ませない。
ここからは、貴方の物語なのだから。
〜〜〜〜〜〜
一瞬、エリサから真顔で告げられた言葉の意味がわからなかった。
アルテンシアの滅亡を止める。それはいい。
確かに身体や精神の劣化はあるだろう。まあ、そのとき考えればいいかくらいでいた。
でも、俺の願いは……。
「君さ。ぼくを、自分と重ね合わせてたでしょ」
「……っ」
言い返せなかった。
だって、幼馴染を想って助けようとするだなんて。
俺が、ずっと焦がれていた姿だったのだから。
「……でも、俺は」
「でもじゃない。何のために、今まで他の人を助け続けてきたの?」
真央のためだ。
「何のために強くなりたかったの?」
真央のためだ。
「何のために――勇者になりたかったの?」
当然、真央のためだ!
「だったら行かなきゃ。強さを誰かのために振るえる、勇者なのだから」
「ワタシたちにこんな事させといて、今さら自分だけ逃げるなんて言わせないよ?」
「……」
覚悟を決めるときが来たのかもしれない。
いや、さっさと決めるべきだったんだ。
人間に戻してからだとか、大国宝を集めてからだとか、そういう話ではない。
もっと早くに。あの屋上で、自分の想いを伝えるべきだったんだ。
「……行かなきゃ」
ここからは、俺の物語だ。
誰でもない、俺が成し得なければいけないのだから。
ガラスのように砕けて白く染まった異空間を、歩く。
彼女が何処にいるのかは、もうわかっていた。
結局無意識に、逃げようとしていたのかもしれない。
「――真央!」
子供の頃は、何でもできると思っていた。
だけど大人になるにつれて、自分は何もできないことに気がついていった。
でも。それも思い込みだった。
アルテンシアに来て、多くの人々にほれを教えてもらったから。
「真央っ……やっと、俺は……やっと」
「来ないで!」
真央が俯きながら叫ぶ。
「わたし……尋くんと向き合う資格なんて、ない」
それは俺の台詞だ。
ずっと強くなりたかった。真央は家事以外何でも出来るようになっていったけど、だんだんとおかしくなっていって。
そんな真央を支えられない自分が、一番腹立たしかった。悔しかった。
「……あのときの約束、覚えてる?」
俺は真央の勇者に。そして、真央は俺のお姫様になる。
幼い頃に交わした約束だったが、それが今も俺を支えてくれた。
「でもっ……わたし、尋くんのお姫様なんかじゃ、ない。酷い人だ、アルテンシアで優しい人たちに触れて、わかって」
「ならば今度は俺が支える」
俺が真央にしてもらったように。
「俺は、真央の勇者だか――」
違う。
幼稚園の頃から一緒だったんだ。
もう、そんな取り繕った言葉では届かない。響かない。
「――城山、真央さん」
「っ……!?」
改めて、彼女に向き合う。
狼の姿をしていても、本当に綺麗だ。俺には勿体無いくらいに。
「子供の頃から、ずっと、好きでした」
だからこそ、言うんだ。
何度転生しようと好きだからこそ、言わなければいけないんだ。
「今も、大好き……です。だから」
心からの願いを。
奥底にしまっていた、一生分の欲望を。
「――俺と付き合ってください。そして……必ず。結婚してください」
ああ……言ってしまった。
俺はどうなるんだろう。死ぬのかな、明日。
アルテンシアに転生したこと自体が夢なのだろうか。
「……っ、っ」
天を仰いでいた。真央の透き通るような泣き声が聞こえる。
向き合わなきゃいけない。返事を聞くまでは。
「――はいっ!」
ああ……その笑顔が、ずっと見たかったんだ。
〜〜〜〜〜〜
「ッ、白い光がデカくなりやがった!?」
「また吸い込まれちゃう!?」
仲間たちを吸い込んだ白い孔が再び広がったためか、シノハラとハサマが身構えている。
最古の転生者が、その隙を見逃すはずがない。
「ニグアス、身体が……?」
だが注意は、マナへと消えゆく依代へと向いていた。
異変はそれだけでは無かった。サリエラの様子もおかしい。
「……サリエラ?」
「魔力が……魔法が、使えない。全く、出ない」
「じゃあ、ヒロは……マオは!?」
「大丈夫」
エリサもニグアスも、還るべき場所へと還っていった。
故に二人を支えていたものが無くなり、フォタァザは魂のみに、そしてサリエラは普通の少女になったのだろう。
そして俺は。大切な仲間たちのもとへ帰還した。
命よりも大切な彼女を連れて。
「ただいま、みんな」
「そして……やっと話せたね!」
「マオ、人型に……!」
「いったいどれ程の魔力を注ぎ込んだ。まさか、アルテンシアを!?」
「大丈夫。アルテンシアは、元通りになった」
「何故そう言い切れる。だって!」
そりゃそうだよな。エリサが消えたのだ、礎を無くした世界がどうなるのか、わかったものじゃない。
だからこそ、叶えた。
俺がアルテンシアの新たな礎となるように、願って。
「エリサとニグアスを助けた。真央を人間に戻した。そして、アルテンシアを滅亡から救った。全部、俺の願いだから」
「願いを叶える能力……!」
「今まで、俺の願いは叶わないと思ってた。けど、もう大丈夫!」
「お前……神にでもなったつもりか!」
「ああ、そうだ。好きな人のためならば、俺は神にでも何でもなってやる!!」
「こんなカッコいいこと実現しちゃうのが、わたしの誇るべき彼氏なんだから!!」
「ふざけ、ろぉおおおおッッ!!」
黒光りするスーツを纏ったハルマが踏み出す。
やっぱり速い。さっきまでは全く見えなかった。
だけど、今なら見える。真央のためなら、何だって出来る。
「ぐっ!?」
「見せてやる。これが俺の――装備だ!!」
拳を胸に掲げ、何よりも赤き勇気を灯す。
俺の周りを熱嵐が吹き荒び、ハルマを後方へと吹き飛ばした。
魂殻って正式名称があるのか知らないけど。
俺たちには、仲間から貰った名前がある!
「――最強装備ッッ!!」
真紅の輝きを天に掲げると、俺の信じる最強が降臨した。
玉虫色に煌めく黄昏の鎧に、希望を象徴する不死鳥のマント。
そして、あらゆる闇を焦がし照らすような、虹を鍛えたような長剣。
ハッキリとイメージできる。俺の理想、願望、その全てを実現しているのだと!
「この悲劇を――ここで、終わらせるッ!!」
繕いの無い言葉で吼える。
古き英雄を討ち倒し、アルテンシアへ希望を持ち帰るために!




