第152話 これが俺の装備だ②
一方サリエラは、異界孔に吸い込まれた仲間の名を必死に叫び続けていた。
「ヒロ、マオ!!」
「それよりクソ強陰キャだろ! 気ィ抜いたら死ぬぞ!!」
孔に手を伸ばそうとする少女を、全力でキョウヤが引き止めている。
「必死だね。見苦しすぎるよ」
黒と緑のカブトムシのような装備を纏うハルマ。
瞬きの間もなく、残像のみを残して距離を詰め、侵入者たちに一撃必殺の拳を叩き込もうとする。
「第六位陽魔術!!」
『防御しろ!』
『動くなッ!!』
「ぜんぶ、あつまれーっ!!」
「……っ」
対するサリエラ達も、魔術や能力をミエコの能力によって合成し、結界を作り上げた。
おかげか原初の転生者の拳が直前で止まり、一行は何とか難を逃れる。
「一発防げただけ……でも、これなら」
「さっきは魂殻を出しても弱かったのに。友情・努力・勝利なんて図式が本当にあると思ってる?」
「いいや、段々と勝利までの道筋は見えてきたね。お前の能力、少しずつ輪郭が掴めてきたしな」
「ならその前に決めるか。ニグアス、よろしく」
古英雄が神に命じる。眼前の有象無象を一網打尽にせんと。
しかし、神の依代は。
「……ニグアス?」
何処か呆けた様子で、動かなくなっていた。
〜〜〜〜〜〜
『どうして君がここに?』
『ぼくもわからない。でも、フォタァザに支配された身体じゃなくて、ぼく本来の魂として記憶の世界に入ることが出来たみたいなんだ』
『怪しいんだけど』
『気持ちはわかるよ。でも、いま元の世界では、フォタァザに支配されたぼくの身体は全く動かなくなっているはず』
『でも、俺からはわからないだろ』
『なら道中、この先で起きる事を語ろう。正直、それしか証明できる方法がないんだ』
『……』
何とかわかってもらおうという彼の姿勢に押され、そうせざるを得ない様子でヒロが首を縦に振った。
記憶のシーンは神殿と思しき施設の中へと移り変わっていた。
エリサとニグアスは丁寧に毛布をかけられ寝かされていたが、やがて唸り声を上げながら目を覚ます。
「っ、ニグアス!」
「エリサ、気がついた……ありがとうございます、聖王様」
「礼には及ばない。対価として、君たちには大仕事をしてもらうのだからね」
「大仕事?」
いかにも宗教的な礼服を纏い、皺だらけだが若々しい男が両手を広げ、告げる。
「君たち十人は選ばれた。気高き太陽神が導いてくださった、新世界の礎だ」
「……なに、言っておられるのですか」
わけもわからずニグアスが見渡すと、自分たちの他に、八人の髪色や体型の異なった者たちが集められていた。
それらも少年少女と同じく、困惑の様相を見せている。
「十の魂を一に捧げる。これこそが、世界を根幹から改変する大奇跡。私もその礎になりたいが、どうも資格がないようでね」
「さっきから、おかしいですよ。聖王様」
「君たちは果実だ。新世界という樹を創る枝葉であり、果実となるのだよ。ただの貴族だった君たちが、初めて永遠に名を刻むほどの名誉を得られる。そしてただの孤児だった君たちが、初めて世界に存在価値を示せるのだよ」
「ふざけるな!」
「我々を生贄にする気か!!」
何かに縋るように、取り憑かれたように雄弁と語り続ける聖王に対し、礎に選ばれた者たちから怒号が飛ぶ。
だが意に介さず、または余裕の無い様子で男は語りを続ける。
「当然、私は新世界に存在しない。君たちを生贄とするのも断腸の想いだ。しかし、我が神アルテンスは、創造神フォタァザ様に劣勢を強いられている。アルテンス様を御守りするには、これしかないのだよ」
「っ、自らも犠牲にして……まさか、魔術を!?」
「そう、世界の在り方すら変える究極の魔術。これで神羅戦争を終わらせる。この世を我らが神の勝利した世界とし、永劫アルテンス様の聖地が繁栄せんことを!!」
ヒロには理解ができなかった。
文化や歴史がまるで違うというのもあるが、未来を知ってしまっている以上、どうにか止めなければと伸びる手を必死に抑え続けていたのだ。
『聖王様は本気で神を信仰していた。だからこそ、当時は禁忌とされていた魔術にも縋った。王冠から人柱を並べて王国を創る、禁術に』
『でも、いまの世界はフォタァザに』
『そう。ぼくたちは子供だった。自己犠牲を決意した聖王様をはじめとした大人たちの考えが、理解できなかった』
現在のニグアスが指をさす。
「そうだ。フォタァザなんて邪神に支配されるくらいなら」
「アルテンス様、万歳……万歳!!」
集められた礎たちは、物心がついたときから聖地に君臨していた王を信じ続けて育ってきた。
その聖王が百年も守り続けた座を捨ててまでも神を守ると仰っているのだ。賛同以外の考えなどあるはずもない。
「……なにそれ。ふざけないでよ」
まだ十四の、親も居ない少年少女以外は。
「神様同士の争い? そんなの知らない!」
「ぼくたちは人間です。どうして自分を犠牲にできるんですか!」
「ガキ、何を言っているかわかっているのか!?」
「よせ。ならば君たちは何とする」
聖王は膝をつき、エリサ達に目線を合わせて問いかける。
「戦争で全部メチャクチャになって……でもワタシは何もできなくて。そんなの、嫌!」
「だってそうでしょう。最後に頼れるのは結局、自分自身でしょう!」
子供たちの目に涙が浮かぶ。
皆を助ける、誰も死なせたくない。そんな我儘を孕んで。
「力が欲しい。どんな願いだって叶う、最強の力が!」
「ぼくたちは神に頼らない。全て元に戻してやる。自分たちの力で、聖地を、聖王様を……皆を救う!!」
二人の想いが重なり。
白と水晶の輝きとなり、エリサ、ニグアスを包み込む。
「王冠と王国が起動した……考えを撤回せよ、今すぐにだ!!」
聖王が叫ぶも、遅かった。
「な、なんだ!?」
「身体が……!」
残る八人も光に包まれ、宙を舞う。
そしてアルテンスとフォタァザの争いに挟まるように、十の光が輝きを強めた。
「御赦しを。アルテンス様……!」
白を頂とし、水晶を基底とし。
灰の。黒の。青の。赤の。金の。緑の。橙の。紫の。
十の光柱が天地を貫き、二十二の枝が実を一つに結び。
『これが、魔術だって……!?』
『そう。ぼくたちは願ってしまった。世界の理は捻じ曲がり、どんな願いも叶う万能元素、マナが大気中に広がった』
最後に残ったフォタァザの身すら焼き払い、世界から神は居なくなった。
「……ニグアス」
「ああ、エリサ。何だか、力が湧き出て止まらないんだ」
「今なら、もしかしたら」
十の光は結晶となり、大地に残った。
しかし王冠の少女と王国の少年は、神の去った地で目を覚まして。
二人は本能のまま、回復の魔術を焼け焦げた人々に使った。
「や……やった。みんな、生き返った!」
「奇跡が起きた。ぼくたちが、みんなを」
しかし、息を吹き返した人々は。
訳のわからない戯言を呟いたのち、姿形を異形へと変えていった。
「生き返ったんじゃないの!? なんで、化け物に……!」
「そんな。どうしよう、どうしよう……!」
奇跡に代償がないなどあり得ない。
いまのアルテンシア人がモンスターにならないのは、偶然マナに適合した人々が何百もの年月を経て進化してきたからだ。
『マナは人の本質に反応し、姿形を変える。欲深き者たちはモンスターになり、そして』
『……っ』
居ても立っても居られず、ヒロが異形に剣を振るう。
しかし記憶のモンスターをすり抜けるだけだ。
ニグアスの言葉が続く。
『フォタァザは自らの聖徒のみを残し。斃した神々の遺体から創生した世界へ、モンスターと人間を追放した』
『そんな、どうして!』
『それがフォタァザ聖徒の意志だったから。死んだ神の聖徒は人に在らず、化物と共に追放せよ、と』
フォタァザは当時より頂点の神として君臨していた。
その聖徒も例に漏れず、他の神々への信仰を見下していたのだ。
『だけどそれがいけなかった。人々は争うことで神の所在を認識できていた。加護が当たり前になってしまって、争う必要もなくなり、信仰心は失われてゆき。フォタァザは、力を失っていった』
『神は信仰心が生命力ってこと?』
『そう。そして、ぼくとエリサはアルテンスの遺体から作られた世界……アルテンシアに転生した』
『転生って……まるで人間じゃないみたいな言い草じゃんか!』
『うん。ぼくたちの本当の肉体は、十の結晶の中にある。そして飛び出た魂が、マナを纏って身体代わりにしているだけ。つまり』
ニグアスが憂いを帯びた顔で、続けた。
『ぼくたちは、転生者と類似した生物となった。子供ながら神の所業を望んだ罰として、君たちとも違う化物に』
『つまり、アルテンシアを作った神様ってこと……?』
そう。この日、エリサとニグアスは神になった。
モンスターと化した生物に支配された、世界の。




