第151話 これが俺の装備だ①
白い異界孔へと吸い込まれたヒロは、もがくように幼馴染を探していた。
「どこだ、真央!!」
だが、共に吸い込まれた親友は居らず。
ただモノクロの激流に呑まれ、流されてゆく。
「ぐっ!?」
やがてヒロの身体は、色のない砂浜へと投げ出された。
手触りも踏み心地も最悪だったが、ただ、最愛の人を求めて歩みを進める。
「真央……返事、してくれ……!」
光も闇もない。すぐに、自分が何者なのか、何処にいるのかわからなくなってしまう。
いま少年の中にあるのは、大切な人を探すという使命のみ。
一歩踏み出すたびに身体に激痛が走っても、それでも歩みを止められなかった。
(……お願い、誰か助けて……)
「っ、この声」
元の世界から響く少女の声。
耳を澄ませ、それを道標に、ただひたすら歩き続けた。
「……なんで、ここに大国宝が?」
やがて光が見えた。ヒロの足取りも速くなる。
そして直感で分かった。このマナの輝きは、かつて手にし続けた大国宝と同じものだと。
ヒロは導かれるようにして、宙に浮かんでいる神を模った白い像に手を伸ばしていた。
〜〜〜〜〜〜
『神様同士の争い? そんなの知らない!』
『世界の在り方すら変える究極の魔術。これで神羅戦争を終わらせる』
『なに言ってるの……エリサよ、ワタシのこと忘れたなんて……』
『この記憶を集めて、君を助けに来る人も現れるはずだ』
『数多の神の名が消えた神羅戦争が終わり、フォタァザのみが残った。アルテンスをはじめとした神の遺体は新世界となり、フォタァザは生命の在り方を変えた――』
〜〜〜〜〜〜
『――何だ?』
刻まれた記憶を見終わったとき。
光も闇もない世界だった異空間は、黄金色の空を映していた。
ヒロは人々の行き交う街道に立っており、辺りから小鳥の歌声や町人の雑踏、そしてリラの音色が響き渡っている。
『これは、教皇国? いや……』
白い曲線が特徴的な建築様式は、アルテンス教皇国を彷彿とさせた。
だが退廃的な前者とは異なり、目の前の風景には言い表せぬ神聖な温かみがあった。
「早く来なよニグアス! あははっ!」
『おっと……っ!?』
小躍りしながらはしゃぐ、クリーム色のフワフワな髪を持った少女。
ぶつかりそうになるが、その瞬間ヒロの身体をすり抜け、人々の間を縫って無邪気に駆け抜けてゆく。
そして息を切らしながらそれを追う、青白い肌をした透明そうな少年。
「エ、エリサ。走ったら危ないよ」
「なに言ってるの。今日は聖王様の即位百周年のお祭り、ワタシ達のような孤児もアプルが食べ放題だなんて機会、一生に一度有るか無いかなのよ!」
「アルテンス様の地ではそうだけどさ……だからって、こんなに人が居る中で」
「いたっ!?」
「あぁっ、言わんこっちゃない……」
余所見をしていたせいか、不運にもエリサは大柄な男にぶつかってしまう。
咄嗟に逃げようとするが、ボロいローブの襟を引っ張られてしまったため、必死にもがいていた。
「ガキ。どの神を信仰している」
「えっ、太陽神アルテンス様だけど」
瞬間、男の長い茶髭が逆立ち、衝動的に少女を白い床に叩きつけた。
「邪神徒が! 海龍神たるミズガルド様を信じぬなど、言語道断!」
「おい待てや兄ちゃん。そりゃ、クラキ様を信仰しているオレへの当てつけかい?」
「まあ、まあ。嘆かわしい方々がいらっしゃいますこと。これだからディアンパ様の加護のない野蛮人は」
「ひ、ひぃっ……」
血で染まった少女を踏み潰そうとする大男の周りに、それぞれの信仰を持つ高貴そうな者たちが集まり、論争が始まろうとする中。
「やめろ!」
ニグアスが真っ直ぐな瞳で大人達を睨みつけ、人差し指を立てた。
「本日は聖王様のおめでたき日、神学論争をしてると罰が下るぞ!」
「……チッ」
「それもそうかぁ。すまんな坊主」
「はぁ。行きますわよ」
興醒めと言わんばかりにクールダウンした人々が解散してゆく。
それを見届けた透明な少年は同郷の少女の埃を払い、助け起こした。
「……ありがと」
「この一週間はアルテンスの地に、色んな聖地から信徒が来るからね。気をつけないと」
「ほんっと、意味わからないんだけどそれ。なんでアルテンス様を信じてない人が来るわけ!?」
「祭の日は、その地の神様が等しく御加護を与えてくださるから。ぼくだって二月後にあるフォタァザ様の奉納祭に行きたいし、来年あるミズガルド様の聖王五十期祭に行きたいよ」
「でも空港便のチケット買えんの?」
「うっ……配達の仕事を、もっと増やせば」
「無理しちゃダメでしょ。身体弱いんだし」
「フォタァザ様かミズガルド様の御加護があれば、健やかな身体になれるから!」
「アルテンス様を信じ続けなさいよ。バチ当たっても知らないよ?」
結局あの欲深い大人達と同じなのね、とエリサは肩をすくめている。
これは、彼女の記憶なのだ。
そう、ヒロは持ち合わせた知識で現状を咀嚼しようとする。
(国の代わりに聖地があって、そこは神が治めている。その下に聖王が居て……アルテンシアともジアースとも違う体制だったんだ)
周囲を見渡すと、各地で服や髪の異なる者同士の言い争いが起きていた。
そしてそれを娯楽にしようと野次馬が集まってゆく。
これが所謂、神学論争なのだろうとヒロは考えていた。
(……それから、この世界で戦争が起こった。神羅戦争、だったっけ)
大国宝で見た記憶を辿っていると、皮膚に焼けるような感覚が走る。
一瞬瞑った目を開けると、アルテンスの聖地は戦火に包まれ、空は黒い煙で覆われていた。
(異なる宗派の人々は対立し、戦争が起こった……そして神も信徒に応えるように、互いに滅ぼしあったのか)
逃げ惑う人々の声に耳を澄ませる。
どうやら聖地や神々の戦争自体は、頻繁に起こっていたらしい。
(けど、この時の規模は……世界を滅ぼすほどだった)
かつての人々の過ちに胸を痛め、強く拳を握りしめる。
なぜ片方が滅ぶまで争い合うのか。
その結果が、子供たちが泣きながら逃げ惑う世界になったではないかと。
「嫌……なにこれ、どうして!?」
「ともかく逃げないと。この先に避難所があるはず!」
勿論、エリサとニグアスも例外ではなく。
身を寄せていた孤児院は燃え尽き、少女は少年を背負ってひたすらに走っていた。
ガラス片や瓦礫でボロボロになった裸足をひたすらに動かし、焦げて原型を失った人々から目を背け続け。
辿り着いた避難所も、想像を絶するものだった。
「神様は……アルテンス様の御加護は」
「……っ」
聖地に地獄という概念はない。
だからこそ、治癒が行き届かず、逃げ延びた先でも次々と死に絶えてゆく無惨な光景を、まだ十四になったばかりの少女が受け入れられるはずもなかった。
「神様、いるなら助けてよ神様!!」
彼女の信ずる神は、他の神と交戦している。
故に信徒の声を聞く余地など、あるはずがない。
「こんなの……なんなのよ、これ……!」
「わからない。ぼくにも、わからない……!」
そして現実から逃れるように、二人は同時に意識を手放してしまう。
燃え盛る炎がジリジリと詰め寄り、このまま子供たちは灰になりゆくはずだった。
だが、天馬を携えた白金の聖騎士団が降り立ち、まだ焦げていない少年少女を抱えて空へ飛び立つ。
「生存者です、二人で逃げてきたようです!」
「まだ子供じゃないか、はやく避難させ――」
指揮官と思しき赤マントの男がエリサ達を目にした瞬間。
「聖王様?」
「――太陽神よ。最後の奇跡、誠に有難うございます」
人が変わったかのように震え、心から絞り出したような歓喜の声を漏らした。
「一体なにを?」
「ともかく祭壇に保護せよ! 絶対に死なせるな!!」
「は、はい!」
聖王の号令を合図に、天馬の騎士達は空を行き交う光線を躱しながら、神殿へと飛び去ってゆく。
そして、赤マントから聞こえた声。兜と仮面で顔が隠れていても、ヒロには聞き覚えがあった。
『あの人も、たしか大国宝に』
『そう。これは、ぼくたちが犯した原罪。その始まりの記憶』
『君は……』
大国宝に封じ込められた記憶を体感する観客。
その席に加わったのは、神の依代となったはずの男だった。




