第150話 心からの願い⑤
「真央から、離れろぉおおッ!!」
「っ!?」
あまりにも広すぎる実力差を見せつけられ、再起不能となったはずのヒロ。
彼の気合一閃は、咄嗟に構えたハルマの木の枝を折り、そして後方へと吹き飛ばした。
「ふぅん。ハルマを押し返すなんて」
「ニグアス……!」
狼と魔術師を解放したヒロが水晶のような依代を目にし、悪い汗を垂らす。
「でも、どうして数千年前の人が生きているんだ」
「ワゥ、アウワウ!」
「なるほど、ニグアスの身体はだいぶ劣化している。ハルマや他のアルテンス人も、マナに願って擬似的に不老不死を再現しているだけ。適性がなかった人たちは、人形として生まれ変わっていた……」
「あれだけの情報で、そこまで理解できるなんて。やっぱり、君は俺の同類だ」
「うるさい、このチート生物が!」
理性で包んだ激情を込め、再び強く踏み込み突撃する。
原初の転生者は片手で止めようとするが、戦士装備の力を見誤ったのか眉根を寄せた。
「痛っ……」
「不老不死じゃないなら、勝ち筋はある。ならば押し通す!!」
「想い一つで、ここまで強くなるなんてあり得ない。それに心が折れないなんて」
「勝手に身体が動いていた。それだけだ」
「勇者気取りが。その子を助けられて嬉しい?」
「まだ助け切れてない。お前らを倒すまでは!」
感情を腕に乗せて振り切り、再び敵を後ろに吹き飛ばす。
だが二度目ともなるとハルマは涼しい顔で体勢を整え直し、ふぅと息を吐いていた。
「手を貸そうか?」
「必要ない。久々にアレを出す」
ニグアスに揶揄われた古英雄が、苛立ちを込めて右拳を心臓に当てる。
すると黒い光が腕を伝い、血管を辿るようにして全身へと広がってゆく。
「顕現」
「ぐぅっ!?」
「ヒロ!?」
サリエラとマオを避けるようにして、一人でに戦士が地に伏した。
その衝撃によってクレーターが出来るほどに強く、何かの力によって潰されたのだ。
「……最強、装備」
「君たちは、そう呼んでるんだね」
天才魔術師の視界に映るは、髪と同じくらい黒い、筋肉質のボディスーツ。
そして甲虫を模した仮面に緑のマフラー。言うなればそれは、王の鎧と言うべき代物だ。
「男なら一度は憧れるだろ。英雄ってやつに」
「そ、想見……構築っ」
「魂殻を出す程とはね。じゃあ、ぼくも力を振るうとするかな」
「がはっ!?」
「ヴゥ!?」
そして一人と一匹も、受けたことのないほど強力なナニカによって、全身がバラバラになりかけるほどの衝撃を受けた。
「この瞬間、世界が三つ産まれた」
サリエラ達が向けられしは、先の輝く三本指。
「一つは君たちの目の前で爆散した。もう一つはサリエラの体内で産声をあげ、滅びた」
『世界の創造』という、人智を超えた能力。
プロキア最強の魔術師は勿論のこと、マオでさえも絶句を隠せなかった。
だが神の所業は、この程度では終わらない。
「また一つ……ぼくの背後にて、五百万年の因果を解き放たんとしている!」
威厳の溢れる声で高らかに宣言すると。
後光が差したかのようにして、触れたものを消し飛ばす破滅の光線が無数に伸び、祭壇を埋め尽くした。
「ふぅ、いい運動になったかな」
侵入者の断末魔と共に砂埃が舞い、勝ち誇ったようにして依代が告げた。
だが数千年前から形を変えぬ建築は、自己修復機能も携えている。
砂埃が収まりクレーターが修繕されると。
「……死神、装備」
ヒロがボロボロの布切れを纏い、鎌を立てて仲間を守るように立ち塞がっていた。
「即死を回避したか。でも満身創痍……ん?」
「俺たちには、エリーゼから託された……ポーションがある」
「まだ生きてるの。ゴキブリの親戚か何か?」
「平凡な転生者にしてはやるじゃん。その度胸を讃え、ぼくの真名を以て滅ぼしてやろう」
そう、ローブを纏った依代が両手を広げ。
「我が名はフォタァザ=ニグアス。神羅戦争の勝者、唯一無二の創造神。棄てられし神アルテンスのもとに産まれ落ちた転生者よ、父なる神の定めし理を識るがいい!!」
神の名を唱えると同時に、新たな世界が産声を上げんとエネルギーが凝縮され始める。
(これ以上アレを避けるのは無理だ。それに、ハルマへの対処もある。どうする、どうすれば……!)
「ヒロ、無事!?」
「クソが、急に飛び出しやがって!」
「ま、待っへぇ……」
「っ、待て。逃げろ!!」
勇者の後を追ってきた三人の転生者。
だが助っ人と言うには余りにも力不足であり、ヒロはすぐさま引き返すよう叫ぶが。
「お邪魔虫が増えた。駆除しなきゃな」
古英雄が逃すわけもなく、体勢を乱入者の方へ向けようとする。
(マズい、ミライ達がやられる……でも助けに入ったら、今度は真央達が『世界』に呑まれる!)
究極の二択だった。双方を助けるには、あまりに距離が離れすぎている。
そして目の前の敵は、ヒロよりも圧倒的に強い。
どちらかを見捨てなければ、どちらも死ぬ。
「――ごめん、ミライ」
癒師装備へと換装し、眼前で育つ世界の破滅から最愛の人を防ぐ。
これしか選択できなかった。ヒロの顔が歪み、腹の底から嘆きを叫ぶ。
「ぁあ、ぁああああああーーーーっっ!!」
神にも縋りたいが、目の前の敵こそが神だ。
現実から目を瞑り、とにかく後ろの二人を守り通さねばと、義務感が頭を埋め尽くした。
「終わりだ」
フォタァザの宣言。そしてハルマの縮地。
ヒロ達を逃れられぬ死が襲おうとした、そのとき。
「お願い……誰か、助けて……!」
「――っ」
「何?」
突如として縋るような少女の声が響き、白く輝く異世界への孔が開いた。
「……助け、なきゃ」
導かれるようにしてヒロが手を伸ばし、触れる。
直後、人ひとりが通れるほどだった孔が大きく開き、ゴォオという猛烈な音を立てて周囲の生物を吸引し始めた。
「身体が、引かれ……っ」
「くっ!?」
ハルマとニグアスは抗っていた。ミライ達も距離があったからか、何とか耐えられていた。
「バァウッ!!」
「うっ……ッ、マオ!?」
だが、マオとサリエラは近過ぎた。
異界へ吸い込まれかけるが、咄嗟に狼が友人を突き飛ばし、異界孔から助け出す。
しかし、それの意味するものは。
「そんな……ヒロ、マオ!!」
急激な孔の縮小による、一人の少年と一匹の少女の消滅だった。




