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第149話 心からの願い④

「ん、ぅ……」


 意識を取り戻したサリエラが、瞼を二、三度開閉させる。

 朧げな視界がハッキリとしてゆき、ここが神聖な雰囲気を醸し出している真っ白な祭壇であること。


「っ、身体が!?」


「ワゥ、ヴォウ!!」


 その真ん中でマオと共に、まるで生贄とでも言わんばかりに縛り上げられていることを実感させた。


(落ち着け、とりあえず状況確認からだ。いま人は居ない、抜け出そうと思えば)


「思ったより起きるのが早かったね。流石『アルテンスの世界』出身なだけはある」


「っ、お前は」


 気配も音もなく祭壇の側に立っていたハルマの横にいる少年が、どこまでも透き通るような声で語りかけた。

 声に違わず、肌や髪、そして瞳も水晶のような透明感を帯びている。

 だが、その裏腹には芸術のように数多の念が重なっているかのようで、本心を悟ることは不可能に等しい。

 そして、サリエラとマオは、その透明な少年を大国宝越しに知っていた。


「確か……ニグアスだっけか」


「そこまで辿り着いたとはね。流石、エリサの器なだけはある」


「エリサって……!」


「そう。その白いのは、アルテンスを繋ぎ止めるため輪廻転生を繰り返す『エリサ』のマナの器だってさ」


「そして、前世はパディス元王妃であるアリーシャ・アルエ・マハムート。ここまで言えば、君なら理解できるだろう?」


「グレイ日帝の妻……っ、そういう、ことか。ワタシが天才であれたのも、エリサの魂に刻まれた数千年分の知識や経験を受け継いでいたから!」


(アルテンスの世界ってことは、他にも同じような世界がある。そして、わたしたちが教皇国だと認識しているこの世界が、フォタァザの支配する始まりの世界ってことなのかな)


 二人の少女が状況を噛み砕こうとする間、一人ニグアスが歩き出し、語る。


「今の下界はよくやってると思うよ。だいたい数年おきにどっかしらの世界が規律を破るのに、一千年も守り続けられたのは賞賛に値するね」


「っ、お前……!」


「無駄に足掻こうとしないでよ、どうせ俺には勝てないだろうし。それに、もう助けも来ないだろうしね。運命を受け入れなよ」


「運命、だと?」


「ああ。そこの狼はニグアスの代わりに、フォタァザの依代となる。そしてエリサの器は、アルテンスのリセットの鍵だ」


「ワゥ……!?」


「礎のワタシが居なければ再構築が出来ない、ってことか」


「そのためにも、さっさと人間体になってくれないかな。モンスターの言葉を理解しようとするのもめんどいし」


 原初の転生者が物臭げに、後頭部をボリボリと掻く。

 一方でマオの瞳には、正気が戻っていた。


(つまり、こいつらは数千年も生きてるとはいえ、不老不死じゃない。弱点がある)


「もしかして、どうにかなるって思ってる?」


 心を見透かしたハルマに、狼が鳴き声で返す。


「……うん、思ってるよ。人の身体にさえ戻れれば、貴方とも対等にやり合えるはずだから」


「やっぱり、さっさと戻ってくれないかな。君なら俺の気持ちがよく分かるだろうし」


「は?」


 英雄の無感情で無関心な雰囲気が、少しばかり揺らいだ。


「みんなが俺を特別だと言った。でも俺は、普通のことしかしていない。友達は百人いたけど、決して対等なんかじゃなかった」


「で?」


「同じなんだよ。君は俺と同じ匂いがする。君なら、俺の友達になって楽しませてくれそうだ」


「……はぁ」


 薄氷のような笑みを浮かべるハルマに返したのは、深いため息だった。


「くっだらない。貴方とわたしは、全く違う」


「違う?」


「わたしには、尋くんが居る。わたしが出来ないことを常に補ってくれる、命より大切な――」


「大切な?」


「大、せつ、な……!」


 目の前のサイコパスを全否定しようとするが、言葉が喉の奥で詰まってしまう。

 大切な幼馴染? 違う。死の直前で、真央は尋を裏切った。

 否。ずっと昔から裏切り続けていた。彼女自身が、彼が一番に嫌う『他人を傷つけても何も思わない人間』なのだから。


(わたし、尋くんの隣に立つ資格、あるのかな……対等じゃなかった、こんなに手の汚れたわたしを、ずっと想ってくれた。じゃあ、わたしは――)


「大切な……何?」


 強烈な圧を込めて問いが飛ぶ。

 過呼吸気味に反論しようと鳴き声を絞り出そうとした、そのとき。


「大切な、勇者だ」


(えっ?)


 古英雄の声と友達の想いを汲み取ったサリエラが、自信に満ちた声で答えを返した。


「なに横から。君には聞いていない」


「ワタシにとっては、心から誇れる勇者だ。仲間のために何度だって立ち上がり、命を張って困難を打ち破る。そんな、最高の友達だ」


「あんな雑魚が? 下手なダジャレよりも詰まらないんだけど」


「いいや、絶対助けに来る。マオが助けを求めているなら、必ず!」


 縛られていない首をギュッと狼に向け、吼える。


「マオ! お前がヒロを信じきれなくてどうする。ワタシは、ヒロが好きだ。だがそれ以上に、お前の愛の方が強いんだろ!?」


「ッ……!!」


 檄を飛ばされ、目が醒めた。


(そうだ。尋くんは……!)


 必ず、真央を見捨てない。

 どんなことがあろうと、必ず手を伸ばす。

 たとえ結果が伴わなくても、突き進める心を持っている。


「尋くん」


 そんな尋だからこそ、真央は。


「助けて――!」


 信頼し、心からの願いを彼に向けられるのだ。


「助けなんて来ない。来ても俺には勝てない」


 同類だと思っていた女を嘲るように、ハルマが無感情な声をぶつける。

 だが、次の瞬間。

 その場にいる皆が、次第に神殿の空気が熱を帯びてゆくのを感じ。


「――戦士装備レッドフォームッッ!!」


「なに?」


 赤き鎧兜を纏った勇者が、姫を助けようと飛び込んだ。

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