第148話 心からの願い③
ヒロの目の前は真っ暗になっていた。
食堂の明かりが途絶え、真夜中になったかのように。
(……守れなかった)
ハルマ・キサラギに完敗した。
力量に差がありすぎたのだ。千回戦ったとしても、一万回負けると豪語できるほどに。
(俺は……無力だ……!!)
たった二手。それで満身創痍になった自分自身に腹が立つ。
今まで負けることはあったが、次に活かせる敗北ばかりだった。
だが今回は、天と地ほどの差が開いている。心が折れかけ、さらに意識が闇に沈んでゆく。
「……がい」
「っ?」
闇に降りた糸のように、か細い声がする。
ヒロは音の方に耳を傾ける。同時に意識を、瞳を向けて集中した。
「お願い……誰か、助けて……!」
「君は――」
そんな闇の中で泣いていたのは。
クリーム色の髪を肩まで伸ばした、幼い少女だった。
〜〜〜〜〜〜
助けなきゃ。
突如として身体のスイッチが入ったことで、起き上がった反動で前転してしまう。
「っ、みんな……急いで回復するから待ってろ!」
呼吸の止まっていた転生者たちを、癒師装備を用いて回復しようとするが。
(取るに足らない無能力者でしょ)
脳裏に、原初の転生者の声がノイズの如く走る。
この最強装備は何なのだろうか。
(いや、考えている暇はない!)
迷いを振り払い、いま為すべきことを実行すべく世界樹の杖を掲げた。
「……全く歯が立たなかった」
「オレもだ。勝てる気がしねェ、こんなこと……」
「ひっ、ひぃっ……ひぃ」
起き上がった三人だったが、やはりヒロと同じく挫折しかけていた。
「現実攻略本で、ハルマ・キサラギが居ることは知ってた。ソイツが俺たちの目的を阻止することもわかってた。だけど」
「情報が無かった」
「正確には、黒塗りになってた。わかっていたのは、モリモリ公に教えてもらった伝承に伝わる『最強装備の能力』だけ」
「けどアイツは能力も無しに、オレらをアッサリ倒しやがった」
「ひぃ、ひぃ」
「テメェはいつまで語彙失ってんだ」
「ぴぃ!?」
キョウヤに小突かれ、ミエコが小鳥のような断末魔をあげる。
「それよりも、どうやってアルテンシア崩壊を止めるか説明した方がいいんじゃないの」
「うーん……そうしたいのは山々だけど」
「興味ねェ。強ェ奴ブッ倒せればそれでいい、アイツはどうにかしてオレが倒す」
「きょーやが幸せならいい!」
「コレだしなぁ」
「……いちおう話してほしい」
「わ、わかった」
怒りを抑えるあまりチベットスナギツネのような顔になっているミライに驚きつつ、ヒロが咳払いして口を開く。
「アルテンシア全土に広まる宗教では、唯一神を信仰している。それが『フォタァザ』という神で、世界を創生した逸話があるらしい」
「それに頼む気?」
「そうなるね。どうも『大国宝を収集する』『無属性の魔術が周知される』『アルテンスへ向かうための施設を建造しようとする』などの暗黙のルールがあって、それを破ったら世界滅亡……だってさ」
「そんな馬鹿げた決まりをどうにか撤回させるってこと?」
「そういうこと。もし応じないなら」
「実力行使ってか。神殺しってのは、そういうことか」
「結局聞いてる」
相槌を打った肉食獣のような男に、小判鮫からツッコミが入る。
言い返す彼に苦笑を飛ばすと、ヒロは気合を入れ直して立ち上がった。
「そうと決まれば、やることは二つだ。フォタァザの神殿へ向かい唯一神に直談判と、真央とサリエラの救出」
「恐らくだが、そうなりゃ向かう場所は一つじゃねェのか」
「えっ……あっ」
「フォタァザの依代にするって……だったら、いまの神様が居るとこにみんな居る。きょーや天才!」
「向かうのは良い。だけど、私たちで勝てるの?」
「……っ」
押し込んでいた感情が濁流のように流れ出る。
ハルマは能力を使わずヒロ達を倒した。
そして、ヒロの能力は。
「無能力者なんかじゃない」
「っ!!」
ミライの声が、ノイズを取り払ってゆく。
「私の願いを叶えてくれた。貴方は、何もできないわけじゃない」
「……それ言うなら、オレもか。ガラじゃねェな、クソ」
「みぃの願いも叶えてくれた! きょーやにまた会えた!」
かつて彼女が予想していた、本来の能力。
「……願いに、関する能力……」
ヒロは胸に手を当て、顔をくしゃりと歪ませ。
「だったら、何で俺の願いは叶わないんだよ……」
掌を握りしめて、大粒の涙をこぼしていた。




