第147話 心からの願い②
数千年前。アルテンシアの大地はモンスターが支配していた。
隠れ、怯えて暮らすしかなかった人類。
だがあるとき、トラックに轢かれて転生してきたハルマ・キサラギが、大地をモンスターから奪取した。
そしてモンスターの頂点に座する魔王を討伐し。
人類は繁栄し、やがて五つの文明に分かれたという。
(その伝説の転生者が生きていて、アルテンス教皇国に味方しているのは知っていた。だけど……)
目の前にして実感した。ハルマは全てが別次元であると。
例えるなら、雛鳥を睨む猛禽。
抵抗する間もなく、殺されるだろうと。
「じゃあ、着いてきてくれる? そうすれば痛いことはしないから」
「……そうすればアルテンシア崩壊は防いでくれるのか」
「分かりきっていることを聞く?」
ハルマは呆れ気味に答える。
もはや戦闘は不可避。悟ったミライが、仲間たちに呟く。
「ごめん、二人とも。最強装備を出して、じゃないと死ぬ」
「命令すんな。オレは出さねェ、暴走して困るのはテメェらだろ」
「……絆ノ装備」
ヒロはマオの魔力を頂き、桜色のヒロイックな装備を顕現する。
ステータスを桁違いに上昇させる装備を纏う敵が二人。
にも関わらず、原初の転生者は僅かに表情を明るくするのみだった。
「へぇ、君たちも出せるんだ。やっぱり俺だけじゃなかったんだね」
「ああ……お前と同じ能力だ」
そう告げたヒロの声は震えていた。
最強装備は纏った。だが、なにも装備していないハルマよりも実力は劣っている。
これで装備を纏ったら、どれほどの差をつけられてしまうのか。
そんな恐怖が滲み出る少年を。
「能力だなんて。これくらい誰でも出来るよね」
「なに、言ってるんだ……?」
始まりの転生者は、鼻で笑ってみせた。
「能力って、元素化せず物質化した魂の本質……謂わば欲望そのものでしょ」
「欲望がマナと共鳴することで、能力を行使できる……」
「そして他人の欲望を喰らい喰らって、パンパンになった自我を制御する外殻。これこそ君たちが『最強装備』と呼んでいるもの、願望を極限まで叶える魂の礼服だ」
「だから、ミライとシノハラは装備を……」
「じゃあ、ヒロは」
「取るに足らない無能力者でしょ」
「ッ……!?」
脳を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。
なら今まで、なぜ最強装備で戦えたのか。
マオに生かしてもらっていただけなのか。
グルグルと自問自答を繰り返しているうちに眩暈がし、ヒロは膝をついてしまう。
「ハッ、なら何か? オレはそんな取るに足らねェ雑魚に負けたってか?」
「え、あんな奴に負けたの。なら君も」
「それ以上喚くなクソカスが!」
キョウヤが咆哮と共に飛び出した。
まるで獲物を捉えた肉食獣のような踏み込みだったが、ハルマは並行移動したかのようにアッサリとかわしてみせる。
「やっぱり。君、弱いよね」
『死ね!』
苛立ちを交えて最上位の命令を放つが。
最強の転生者は、涼しい顔をするのみだった。
「命令が、効かねェ?」
『咲き乱れろ!!』
咄嗟にミライが土魔術を唱え、綺麗に磨かれた食堂の床から大樹の根を伸ばし、キョウヤを守る。
そのまま眼前の伝説へ向けて無数の根を叩きつけようとするが。
「うそ、見ないであんな避け方を」
「大丈夫、合わせる!」
グネグネと軟体動物のように避けてみせたハルマに対し、ヒロが一瞬で距離を詰め、間合いを縫うようにしてロングソードを振るった。
「よっと」
だが、間の抜けた掛け声が聞こえた瞬間。
「か、ぁ……?」
「いま、なにを……」
「見えねェ、何でやられ……」
距離が離れていたはずの転生者たちが、一斉に糸が切れたように崩れ落ちた。
ヒロ達だけではない。隠れていたはずのミエコも、喉元に手を当て蹲り、必死に呼吸を整えようとしている。
「さて」
「何を、した。ヒロ達に何をした!!」
「そんなに俺が怖い? コレで喉元を突いただけなのに」
澄まし顔の英雄が見せたもの。
それは散歩中に拾ってきたような、何処にでも目にできる細い棒だった。
「ただの木の枝だよ。カンスト強化済みの」
「はっ? え、は?」
「ヴゥウル……」
「ふぅん、そこのモンスターは理解しているんだ。話が合いそうだね」
(っ、コイツ。わたしの言葉がわかるの!?)
確かにマオは眼で追えていた。
まるでコマ送りのように瞬間移動をして、カンマ秒に満たないうちに四人の喉元を貫いていたことを。
「そこの銀だか白だか分からん奴はともかく、君がターゲットな理由は納得がいく」
「なに、言って……!?」
瞬刻。魔術師と狼の意識は、枝の一閃によって刈り取られた。
「神の依代と、エリサの器。それ以外はどうだっていいんだよね」
ヒロは、幼馴染と大切な仲間が連れ去られる様を、ただ地面より眺めることしかできなかった。




