第145話 天上の教皇国⑤
陸海空を縦横無尽に駆けるペガムポスの引く車にて、ヒロは現実攻略本を読み直していた。
「にしても、その攻略本は必要なのかよ」
「念には念をってね」
この聖遺物は、いわば超高性能な検索エンジンのようなものだ。
目次に知りたい事柄に関するキーワードを書き込むと、それに準じた内容が辞書のように書き込まれる。
クリティカルなワードを入れれば予言書のような使い方もできるが、ズレた事柄を書き込んでしまうと、その時点で現実と乖離した内容が表示されてしまう。
「それクソ本じゃん」
「美恵子のことを書かなかっただけで狂うもんな」
「でも、教皇国のことは知っておきたいじゃん?」
そのため、ヒロは教皇国の歴史背景、魔術などといったパンフレット程度に用途を抑えていたのだ。
「ハッ、オレには無用の長物だ。最後に信じられんのは己の力だ」
「そーだ、そーだー!」
「俺は持てる全てを活かしたいかな」
三人が強さについて議論している中、別の車に乗った二人と一匹はガールズトークを繰り広げていた。
「そういやさ。ミライちゃんは尋くんのこと、どう思ってんのさ」
「ん、別に恋愛感情は持ってない。親友であり大切な仲間」
「ほ〜う?」
「本当か?」
「何というか。痩せ型の人に、恋のような感情を抱けなくて」
「この娘、前世の兄貴分に脳を破壊されておる……!」
「なんか、雰囲気だけでもマオの気持ちがわかるようになってきたぞ!」
一瞬空気に電流が走ったが、一号車と異なり修学旅行のような和気藹々とした時間が過ぎていた。
「っと」
「着いたね」
出発からおよそ二時間後。天海馬の脚が止まり、合図代わりの嘶きが響いた。
そして車から降りると。
「なんじゃ、こりゃ……!」
「……」
白を基調とした曲線の美しい大理石の建造物が、目の前に広がる。
空はアルテンシアとは異なり金色。手すりの下には雲海が広がり、背後には不可思議な色をしたゲートが何個も連なっていた。
「これは……アルテンシア以外の世界に繋がるゲートか?」
「じゃあ、大国宝の『五つに分けた記憶』ってのは何なんだよ。アルテンシアだけってのもおかしいだろ」
「神様にとって特別な世界とか、かな。みぃにとっての、きょーやみたいに」
「……最悪、アルテンシアが滅んだら他の世界への移住も考えなきゃだな」
「ウゥ」
「いや……ここは」
ヒロが何かを口にしかけたとき。
天国の門としか敬称できない美しきアーチから、ローブを纏った男が馬車の元へ歩いてきた。
「誰か来たみてェだぞ」
「案内人か?」
「いや、待って」
ミライが静止をかける。
「……あの人、心が読めない」
「ッ!?」
その額には冷や汗が浮かび、また一行も動揺を見せる。
整った顔立ちをしているが、同じ人間かも怪しい雰囲気を纏っていたのだ。
「すみません、道を尋ねたいのですが」
「ワゥ!?」
だがヒロは気にしないと言わんばかりに、その男へと声をかけた。
「ちょっとヒロ、急にそんな」
【ようこそ、アルテンスへ!】
「……ん?」
返ってきた言葉に困り果て、空気が凍りつく。
「この国で一番の街への道を教えてほしいのですが」
【ようこそ、アルテンスへ!】
「いやだから、道をですね」
【ようこそ、アルテンスへ!】
「……」
「これしか言わねェぞコイツ」
「まるでRPGのモブだ」
妙に元気で機械的な声に、ミライとキョウヤは理解を諦めかけていた。
そんな中、ミエコが何かに気が付いたかのように、男のうなじを掴んで髪を上げる。
「見てこれ、丁寧に作られた人形だよぉ」
「接合部か。美恵子、よく見てんな」
「にへへぇ。あと人の脳が合体されてる」
「は、え?」
「サラッと言うモンじゃねェからな、それ」
常識を持っていない子供に呆れ果てるように額を抑える。
ここでサリエラの脳に、ひとつの仮説がよぎった。
「と、なると……まさか」
「ひとまず先を急ごう」
階段を登りアーチを潜り、虹を模った蛇のような橋を渡る。
そうして辿り着いた、家々や店の連なる、まさしく都といった大きな街で。
【かつて大きな戦争があったけど、私たちを絶対神フォタァザ様が守ってくださったの。
フォタァザ様を信仰していてよかったわ!】
【忙しい、忙しい。今日も祈りと生贄を捧げなきゃ】
【ぼく、大きくなったら神さまのところで働くんだ!】
定型文しか口にしない人形たちの作る現実を、一行は肌で感じ取った。
「……マジで気持ち悪ィな」
「みんな無表情、しかも行ったり来たり。コミュニケーション通じないのが、ここまで怖いなんて思わなかった」
「普通、未知の技術はワクワクするものだが……これは、異様だ。人の道を外れている」
「俺も、実際に見るまでは信じられなかったけど」
「ワゥ、オウ」
「……確かに、そろそろ昼飯の時間だね。その前に腹を満たしておこう。普通にしている分には問題なさそうだし、食堂や酒場では情報も得られるだろうからね」
「完ッ全にRPG理論じゃねェか」
「やっぱりヒロはゲーム脳だな!」
「いや、どっちかというとマオじゃない?」
「腹ペコなだけでしょ……」
そのまま目についた食堂へ入り、ガタイの良い髭面の店主がカウンター越しに声をかけてくる。
【いらっしゃい! 何にする?】
「シェフのオススメ定食で。あと取り皿もお願いします」
「お子様プレート」
「ワゥオゥウ!」
「この雲海ガニのパリシュって何だ!?」
「ワタリバトステーキ定食二つ。特製ジエリソースってので焦げ目付けてくれや」
【あいよ! 合計で五千三百ギルだ!】
(た、高い……)
日本円換算だと五万三千円。明らかに市民向けの食堂だが、自動人形と人間の金銭感覚は明らかに乖離しているらしい。
「仕方ない……あとで精算するからな」
【まいどあり! ほら、注文の品だ!】
「え、はっや!?」
仕方なく金貨と銀貨を払った瞬間、即座に注文した料理を手渡される。
そのどれもが元の世界とは別格と言わんばかりの見た目と匂いを放っており、天上の教皇国の文化が如何に優れているかを実感させられる。
あまりの速さに仰天しかけたが、冷めないうちに食べたほうが良いと考えを切り替え、長テーブルへ座り手を合わせ、スプーンを口へ運んだ。
「うん……うん?」
だが、その反応は芳しいものとは言えなかった。
「なんかこう、うーん……」
「クゥン……」
「なんつーか、美味いのは美味いんだよ。だけど淡白っつーか、温かみがないっつーか」
「ナカジマのカレーのほうが美味い」
「舌が肥えちゃったしね、私たち」
【ご意見いただき、ありがとうございます。品質改善のため、具体的に何処がいけなかったかご回答ください。】
「急に敬語!?」
「やり辛ェなぁ!?」
感想が聞こえていたのか先ほどの豪快な店主が機械的な対応を見せたことに、一同は仰天し、同時に苛立ちを覚える。
「でも、これで確信した」
「だな」
「現実攻略本で読んだ通り、アルテンス教皇国は既に滅びている。何らかの原因で、人が人でなくなってしまったんだと思う」
「皮肉なものだな。ワタシ達は、人を模した自動人形に決定を委ねていたわけだ」
「そう。君たちはアルテンスに飼われた家畜同然ってこと」
「はっ!?」
「テメェ、誰だ!」
蔑むような声が鼓膜を揺らすまで、一行は全く気配を感じ取れなかった。
短めのパーマにヘッドホンといった不恰好な青年が、あたかも当然といった様子でヒロ達の卓に座っていたのだ。
顔つきに覇気は感じられないが、全身から漂うオーラは間違いなく猛者の放つものだ。
一斉に立ち上がり、臨戦態勢を作る。気を抜いていたら、即座に殺されるだろう。
(こんな奴、攻略本には書いてなかった。名や地位は通っていないんだろうけど……コイツ、強い!)
「なんか連れてこいって言われたから。さっさと捕まってくれる?」
気怠げな声と共に、男も溜息混じりに立ち上がる。
このとき、まだヒロ達は理解していなかった。
なぜアルテンス教皇国が、すべての国の頂点足り得るかを。




