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第144話 天上の教皇国④

 一方ヒロは、硬いベッドの上で指のひとつも動かせなくなっていた。


(……無理、しすぎたかな)


 四日も寝ていたが、まだ全然体力は回復していない。

 それにも関わらず、パディスの避難所で大立ち回りを演じ、仲間と教皇国への突入作戦を考え、各所に協力を頼み込んでいたのだ。


(ダメだ動けない……しっかり寝て回復しないと……)


 瞑想の要領で呼吸に集中する。

 だが爆発した疲労が筋肉を硬直させ、すこし息を吸おうと肺を膨らませるたびに圧迫されてしまう。


(もう誰も失いたくない。失わせない。打てる手を全て打って、さらに捻り出さないと……)


 焦燥が脳に満ちてゆく。

 同時に酸素が不足してゆき、視界がぼやけてしまう。

 気絶では感情が弱くなるためマナの吸収率が落ちる。だからこそ、何としても回復に意識を保ちながら眠りにつこうとしていた。


「ヒロ、起きてるよね」


(……え?)


 だが霞む天井の下に映り込むのは、月明かりに照らされた三つ編みの少女。

 動揺していると、温かい重みが掛け布団に加わった。


「やっぱり無理してた。普通あんな身体で動けるわけないもの、ヒロは超人じゃないんだから」


「うっ……」


 図星だった。ロクに動けなかった身体に鞭を打って教皇国突入の算段を立てつつ、日頃欠かさず行なっている基礎トレーニングまでしていたのだ。


「どうせアタシが止めても、ヒロはアルテンスに行く。そして、この悲劇をここで終わらせる……って、言うと思ってた」


 この人には敵わない。少年は苦笑を作ろうとする。

 だが逃さないと言わんばかりに、エリーゼが両肩を押さえつけた。


「だから動かないで。アタシ一人で済ますから」


「……ぁに、を」


 スルスルと布が擦れる音がする。

 パサリと膝の上に広がる微かな重みを二、三度感じ、彼女が何をしようとしているか脳が理解してしまった。


「ヒロ。アンタはクルトを殺した。それに……ジークが狂っちゃう原因にも、なった」


「……かっ、てる」


「それでも」


 甘酸っぱい息の熱が顔全体に伝わる。


「それでも……アタシは、ヒロが好き。辛いことがあっても何度でも立って手を伸ばす。そんな優しいアンタが、どうしようもないくらい好き」


「……その、うん」


「だって、言わなきゃ……遠いところに、行っちゃいそうだったから」


 返す言葉もなかった。だがそれ以上に、ヒロは何を言えばいいかわからなかった。


「……本当に、嬉しい。それしか、言えないくらい……嬉しい」


 転生したばかりのときから優しくしてくれた面倒見の良い彼女が好意を持ってくれたことは、この上なく嬉しかったが。


「でも、ごめん……俺は、好きな人がいる。エリーゼは、本当に大切、だけど」


「わかってる」


 エリーゼもヒロの心は理解していた。


「……わかって、る……から!」


 ヤックの実のような甘い香りがベッドを満たす。


「待てエリーゼ、早まるな」


「アタシは! アンタの、生きた証が欲しいの!!」


 涙を誤魔化すように、激情を替えたような声が響く。


「気が付いたら無茶ばっかりして、明日もう会えなくなるかもしれない! だから!!」


 祖父を守れず、クルトを殺し、ジークを闇に堕とした弱く優しい勇者。

 そんな彼に抱いた恋情を拒否するなど、許されるものなのか。


「ヒロ。一生のお願い、聞いて欲しい」


「――」


 意識が、反転する。


〜〜〜〜〜〜


 男の目が覚めたときは既に朝だった。


「……っ」


 身体が重い。思うように動かない。


「寝ないと……いや、アルテンシアの崩壊が迫ってるんだ……」


「何してんだ。あとはテメェだけ」


 ドアが蹴破られ、ズカズカとキョウヤが寝室へ足を踏み入れる。

 そして目にしたのは。


「……あー」


 寝巻きと掛け布団が乱れ、艶のある筋肉を露出させたヒロの姿だった。


「きょーやを待たせるなんて、ジューザイだぞぉむぅ?!」


「良い子は見ちゃダメだ」


 即座に取り巻きの目を覆う。


「違っ、これは」


「まあ、わかるぜ。テメェも男だってこった」


「頼む、話を聞いてくれぇ!!」


 青ざめ一気に意識を覚醒させたヒロは、天敵へ必死に弁明を図るのだった。


〜〜〜〜〜〜


 それからの身支度は早かった。

 あらかたの準備はサリエラが進めており、ペガムポスの引く車を見送ろうと人々が大勢集まっていた。


「んじゃ、行ってくる」


「防衛は任せておけ」


「然。目の届く範囲を広げ、治安も維持してみせよう」


「シロウ殿さえ居れば、モンスターは問題ない気がするでおじゃるがな」


「それは言わないお約束ですぞ」


 人々の激励にモリモリの小言と、ムネニクのお叱りが混じっていた。


「ヒロ!」


 出発の直前、人混みを掻き分けエリーゼがジャンプし。

 ヒロの胸へ飛び込み、抱きしめる。


「むぅ、ズルいぞ……なんかこう、胸の奥がギスバチーっとする」


(ほ〜〜う、わたしの前で尋くん寝取る気ですかぁ。良〜ぃご身分ですねぇ?)


「……二人とも。今だけは、許してあげよ」


 昨夜の出来事を察したミライが、何としてでもこの二人を止めねばと誓う。

 そして、灰の村でよく作られていた万能のポーションを勇者の胸ポケットに入れ。


「必ず、帰ってきて」


「ああ。もちろんだ!」


 祈りを一身に受け、ヒロ達は教皇国へと出発した。

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