第143話 天上の教皇国③
「……ふぅ」
「ワゥ!」
消滅しゆく水平線に日が沈んだ頃、一仕事を終えたヒロは元いた仮設小屋へと戻っていた。
マナのランプが照らすリビングにはサリエラが残っており、明日の準備を進めている。
「おかえり。夜のポーション置いてあるぞ」
「ただいま。何とか話は纏まったよ」
「なら、確認しようか」
「アルテンスへの遠征部隊は俺と真央、シノハラにハサマ、そしてミライとサリエラだったよね」
「アゥ」
「ウォルター達は、この拠点の防衛。モンスターに襲われるかもしれないし、それにまだ傷が回復してない人たちもいるしね」
「とくに、エリーゼの手術を受けた人たちは当分安静だ。イジュツ書ってのを見直したら、無茶苦茶な手順だったみたいだからな」
「ワォ」
「でも、助かってよかった。エリーゼには心から感謝しないと」
ふと笑みをこぼし、ヒロは寝室へ向かおうとする。
「……じゃ、俺は明日に向けて寝るよ。ポーションは飲んどくから」
「あの身体で無理してばっかだったからな。しっかりぐっすり寝るんだぞー」
「ワゥ、アウォウ」
「あー、マオ。ちょっといいかな」
「ウ?」
「いまはヒロには秘密にしときたくて」
「ヴゥ……」
こそこそと呟いたサリエラが、白い狼を外へと連れ出す。
まだ夕食を摂り終える頃だが、辺りはすっかり寝静まっていた。明かりも少なく、静寂と夜風が身体を通り抜ける。
「……ヒロとマオの居た世界は、人の命が軽くなかったのか?」
「……」
「っ、すまない。マオの言葉はミライに翻訳してもらわなきゃだったな」
沈黙を破ろうとしたサリエラだったが言葉を間違えたのか、恥ずかしげに顔を赤らめてそっぽを向く。
つい先日までデリカシーのカケラもないクソガキだったはずだが、最近は突然思春期が来たかのように、しおらしくなっていた。
(もっどかしいなぁ〜〜!! 人間の身体じゃないと能力コピーできないんだよ、翻訳無理なんだよぉ!!)
が、マオはそれよりも話せないことにもどかしさを感じていた。
ムシャクシャした気持ちを抑えようと喉を鳴らしていると、一際大きく明るいテントへ導かれるようにして辿り着いていた。
「丁度いいところに。おーい」
「っ、静かに」
中にいる見知った空色の髪をした少女と、青髪で身体の大きな貴族へ声をかけようとする。
だがミライによって制止される。ウォルターの目は赤く、そして脂肪はあるものの、心なしか痩せこけているように見えた。
「いや……いい。サリエラのことだ、隠しても無駄であろう」
「ウォルター……」
貴族がミライにしか見せられない姿を自嘲する。
天才魔術師は彼の心情を理解していた。
が、その口はとても重く。
「その、だ……ワタシも、そうだから」
「……ジークのことか」
「ワタシが、殺したも……同然だ」
震える両手を抑えようとした途端、止めていた言葉が溢れ出す。
「全部マオに片付けてもらった。でも、あの汚泥のような姿が脳から剥がれないんだ……自分を、他人を、そして世界を恨んでいるような、そんな怪物に仕立て上げてしまったのではないかって」
「我も、そうだ。メリアをあのような怪物にしてしまったのではないか……そんな後悔と、手の痺れが……いつまで経っても、消えないのだ」
パディスとの戦争で失ったものは、あまりにも大きすぎた。
否、それはキッカケに過ぎない。それよりも前から起きている崩壊に気付けなかったのだ。
「なあマオ、ミライ。魔術の無い世界は、平和なのだろうか。魔術師の責務を果たし、進んだ先が、これだなんて」
手に負えない『無』を見てしまった。
好奇心から来る死を知り、同時に負の情念を識ってしまった。
何度奮起しようとも、生まれて初めての感情、恐怖の癒しかたが分からない。
膝をつき、頭を抱えて震え出したとき。
「私の言葉、言っていいかな」
「……え?」
反転して透き通るような面持ちを作ったミライが、心の穴へ通すように声をかける。
「私のいた世界でも、争いはあった。アルテンシアとは比べ物にならないほど多くの国があって、多くの考え方があって、間違って、衝突し合って。どの国にも、形は違えど争いはあって、平和なんて無かった」
「マオ、そうだったのか?」
「ワゥ」
国同士の戦争。人同士の競争。
正義の相違による対立は、アルテンシアもジアースも変わらない。
「それでも人は、互いの手を取り合っていた。拳を開いて、手を握り協力し合っていた。地雷で手足をもがれても、心から他人へ手を伸ばしている人もいた」
「……ミライらしくもない」
「いま思えば、そんな単純なことにも気付けなかったのかって思うけどね」
多くの国を渡ったミライが変われたのは仲間がいたからだ。
だからこそ報いねばならない。
「失われた命は戻ってこない。きっと後悔は一生消えないし、罪を背負わなきゃいけないと思う」
「なら」
「ならばこそ、だよ」
友達だと言ってくれた人達へ、今度は自分が。
「二度と過ちを繰り返さないよう、手を伸ばすんだよ。私は、皆からそれを学んだ。他人を重んじる、その尊さを」
ハオランやクルト、レティシアだけではない。
数え切れないほどの命に支えられて今を生きているからこそ、声に出す。
「サリエラ。ウォルター。自分のしたことばかりに目を向けないで。私が、私たちが、ここに居るから」
ウォルターは感情を抑えられなくなっていた。
顔を涙と鼻水で濡らし、嗚咽する。
「……ありがとう、ミライ」
サリエラも、少ししおらしげに目元を拭っていた。
そして言葉を向けられていないマオの心にも、響き渡り。
(わたし、本当に周りが見えていたのかな。ずっと尋くんのためって頑張ってきたけど、独りよがりだったのかな)
いま一度、周囲を俯瞰してみよう。
そう考えてみた直後だった。
(あれ。わたし、呼び出された意味あった?)
「うん、デカい口叩いちゃったけど。ほかにも言うことあるでしょ、サリエラ」
「あ、そうだったな」
天才魔術師の本題を読んだ翻訳者が切り出すと、サリエラは赤らめた頬を人差し指でなぞりながら、呟いた。
「その、あれだ。ワタシ、ヒロのことが好きかもしれない」
「は?」
「ンンッ!?」
あまりにも衝撃的な発言。
当然、白き狼はモンスターの名に恥じぬほどの殺気を放つ。
おかげで貴族の涙腺は閉じ、むせて咳が止まらなくなっていた。
「え、そんな怒ることか!?」
「よりによってソレをマオに言うか! どういう神経しているのだ!?」
「おぉー、魔術陣なのに勇者だぁ」
「ミライも茶化すんじゃない!!」
「だって解らないのだから仕方ないだろう! この胸の『もやむしゃ』が『恋』だの『愛』だのって、本に書いてあっただけなんだから!!」
「なぜ恋愛だとポンコツになるのだ、この天才魔術師は!!」
「許してあげて。悪意ないだろうし」
「ヴゥウ……!!」
結局三人は月が天に昇るまで、一匹の激情を宥める事となってしまった。




