第十一話
宰相の話を聞くに、僕の見立てはほぼ当たっていたようである。
「草の者たちの報告を俺なりに整理したところでは……」
と、マンティコア大公は目を閉じて鼻根を揉みながら言った。
「ヴィルブはそもそもがチンケな悪党で、要するに始まりは魔物の取引が儲かると聞いて手を染めただけのことだ。
ところが、その過程で手に負えない魔物を呼び込んでしまい、そいつに精神を乗っ取られた。
ヴィルブは魔物由来の魔力を振るい始め、ウェイルロード全体を塗炭の苦しみに陥れた」
「そのような男の身柄を、よく押さえられましたね」
普通に考えて、ウェイルロードは山がちで、軍を展開するのに適さない土地だ。
たとえ大軍を派遣しても、ヴィルブが組織だった抵抗をすれば、これを捕縛するのに一年二年かかったとしても、不思議ではない。
「俺をだれだと思ってるんだ」
と、宰相はこともなげに言った。
「伯爵の叙勲を餌に帝都へと誘い出し、のこのこ出てきたところを取り囲んで罪状を読み上げたら、あのやろう抵抗しやがったんで、憑いてる魔物ごと雷の制裁を食らわせてやった。
比喩ではなく、文字通りの、な。
うっかり灰にしちまうところを部下たちに宥められて、なんとか生け捕りにしたって訳だ」
さすが、ビクターがその智謀を褒めるだけのことはある。
欲の皮の張った相手をハメるにはこの程度の策で十分、ということだろう。
「とり憑いていた魔物さえひっぺがしてしまえば、ヴィルブなんざただの小悪党だよ。
まあ、それでも死罪は免れんがな。
問題は魔物のほうだ」
宰相は立ち上がって本棚から一冊の古びた、しかし高価そうな装丁の本を取り出して、しおりの挟まったページを開き、僕にむけた。
黄ばんだ紙面に描かれていたのは、馬にまたがった首なしの騎士――デュラハンの類と思われる魔物だった。
「おまえさんもダンジョンでデュラハンの群れと戦ったことが、一度や二度はあるだろう」
第六層より先に出没する、わりと強力な魔物だった。
槍の扱いが巧みで突撃力にたけ、リーチの長い武器の捌き方と突進への対処法を知らないと、悲惨なことになる。
「デュラハンは別名、首なしの騎士だが、じつは首は首として別に存在する、いや、していた、らしい」
「初耳ですね」
「250年まえの魔物学者のザクタントによると、古代キュローヴの時代には、デュラハンは脇に自分の首を抱えていたというんだ。
首はカビに覆われ、ほとんど腐敗してチーズ化し、すさまじい匂いを放っていたそうだ」
僕は顔をしかめた。
腐った死体の匂いはよく知っている。
忘れていたのに、宰相のせいでしばらくチーズが食えなくなりそうだった。
「そのはるか以前には、デュラハンの頭にはちゃんと首が載っていたという。
こんな神話がある。
のちに魔術の神のひとりとして崇められることになったノーデン・ドイル卿は、ダンジョンの探索が予定していたより長引き、とうとう魔力が尽きた。
そこを運悪くデュラハンどもに囲まれてしまったそうだ。
ドイルは苦し紛れにこう言った。
わたしは主神イグリオールに仕える神官であり、寵愛を受けている。わたしを殺すとおまえたちに凄まじい祟りがあるだろう。
しかし、もしわたしを見逃してくれるのなら、おまえたちを魔物の身分から救い、天界へと昇らせてやろう。その方法をおしえてやってもよい。
……デュラハンの精神は永遠に戦場の悪夢のなかにいる。
救われるものなら救われたいと思い、ドイルにその方法を尋ねた。
ドイルはこう言った。
自分の首を斬り落として、それをチーズになるまで熟成させ、主神イグリオールに捧げるのだ。
デュラハンたちはどのみち悪夢に苛まれる日々を過ごさねばならぬのなら、その言葉に賭けてみるのも悪くはないと思って、互いに首を斬り落とした。
そうしておのれの首を持ち歩くようになったそうだ」
史実なのか、それとも寓話なのか、僕には分からない。
ただ、数世紀まえの偉大な学者が風俗を調べ文献を漁り、これは書き残さねばならぬというものを書き残したものが、こうして後世に伝わっている。
そして博覧強記で鳴らした魔術師マンティコアはこれを重く見ている。
そのことに異を挟めるほどの学識、見識を、僕は持ち合わせていなかった。
「ところが、おまえさんも知ってのとおり、現代のデュラハンは首なんぞ抱えていない。
調べてみたが、およそ100年まえを境に、どの魔物学の文献をあたっても、デュラハンは首を抱えている、という記述が見られなくなったンだ。
その理由を今朝から魔術院の蔵書室に籠って調べていたんだがな、おぼろげながら見当がついた。
デュラハンたちはようやくドイルに騙されていたことを悟り、怒り狂い、腐りはてた首を火山の火口めがけて投げ込んだんだ。
いや、現場をちょくせつ目撃したものは恐らくいない。
ただ、およそ半世紀まえの魔術師のターラボン、幻想詩人のチャタ、それから画家のランボレーが、そのことをモチーフにした幻視の記録や詩、絵画を残しているんだ。
それらには共通のシンボルがある。
下を頂点とした五芒星だよ。
デュラハンが火口に腐敗した首を投げ入れるというのは、俺が知る限り、それ以前には一切なかったモチーフなんだ」
「ほう……」
単なる偶然の一致とは考えにくい、いずれも霊感を備えた霊視者や芸術家たちだから、もしかしたら彼らは時空を超えて、真実を垣間見たのかもしれない、と、宰相は言っているのだろう。
「あのとき、俺はこのシンボルをたしかに見た。
逆五芒星を額に戴いた、燃えさかる憤怒の形相をした首だけの魔物が、あのヴィルブのあんぐりと開かれた口のなかから飛び出てきたンだ。
それを俺はすぐさま小瓶に閉じ込め、かたく封印して、ひとまず神殿の結界のなかに安置するよう部下に命じた。
見たこともない魔物だったし、わりと強力だったんで、処分の仕方を間違えるとマズいと思ってな。
念のため、よく調べてから片付けにかかろうと考えた訳だ。
で、あらためて、翌朝、小瓶を見に行ったら、ウェイルロードに派遣していた草の者のひとりが床に血を流して倒れていて、瓶は粉々に砕けていた。
なにがあったのかは分からん。
ただ、なかの魔物が逃亡したことだけは間違いないようだ」
その魔物がヴィルブにとり憑いて悪行三昧をさせていたのだとすれば、放置しておくのは明らかに好ましくない。
宰相でなくともそう考えるだろう。
「どの方角へ逃げたのか、見当もつかないのですか」
「さいわい、目撃談がある。
帝都の北側の郊外で、赤い流れ星が北へ向かって飛んでゆくのを見たという報告がいくつもあるンだ。
おそらく、ウェイルロードに戻ったんだろう」
「なんのために?」
「決まってる。
おのれを火山の火口に投げ込んでくれた首から下を探しに、だよ。
そもそも魔物がヴィルブを乗っ取ったのも、それが目的だろう」
宰相は苦々しげにデュラハンについての記述がならんだページを閉じ、それを本棚に戻した。
「俺の見立てが当たっているとすれば、コイツにふさわしい身体を見つけさせてしまうと、魔王級の魔物に化けちまう可能性がある。
それほどの怨念が籠っていても不思議ではないし、実際、俺もそのように感じた。
なにしろ戦場の地獄をさまよい続けた挙句に、神の使いに騙され、自分の首から下にも見捨てられたのだからな」
「それを、僕に始末しろと?」
「まさか」
宰相はゆっくりと首を振った。
「さすがにおまえさんでも単独や少数編成のパーティーでは厳しいだろうよ。
討伐するには、しかるべき規模の軍を派遣する必要がある。
予定がつけば俺もいくつもりだ。
ただ、すぐにという訳にはいかねえ。
門閥貴族どもが足を引っ張りやがるんでな」
そこですこし言葉を切って、ひとつ大きくため息をつき、
「……この件は、扱いを間違えると帝国を南北ふたつにわけての内戦になる。
ヴィルブをハメたとき、当然ながら、北部の門閥貴族どもには根回しをしなかった。
それでやつら、カンカンになっている。
俺がヤツらの既得権に手を付け始めたと疑っていやがるんだ。
こっちは宰相の務めとしてウェイルロード州とその近辺に安定と秩序を取り戻したいだけなんだがな」
僕は宰相の眼を見つめて、はっきりとこう言った。
「……いっそ、内戦を起こしてケリをつけては?」
「バカ野郎」
宰相は怖い顔をした。
「それでどれだけの民が苦しむと思ってンだ。
挙句に国を大きく弱体化させ、よその強国からの介入でも招くことになったら眼も当てられねえ。
言っておくが、内戦を避けて帝国を安定させる為だったら、俺はどんな手でも使ってやるよ」
まあ、この宰相ならそう言うだろう。
もっと言うならば、この男はウェイルロードの惨状を見て見ぬふりをして、問題の解決を先送りし、帝国の安定を最優先にすることもできた。
だがそれは、かれの正義感が許さなかったのだろう。
意外と熱い男なのだ。
「ヴィルブがやらかしたおイタの後始末をしなきゃならんが、すぐには軍を動かせない。
そこでおまえさんを呼んだ訳だ。
世間の連中は俺とビクターが犬猿の仲だと思ってる。
おまえさんは、そのビクターの義弟だ。
だからおまえさんを新領主としてウェイルロードに送り込んだとしても、門閥貴族どもは警戒すまい。
ウェイルロードで反政府勢力を率いている義賊クロウザントへの対処のためとでも口実をつけておけば、近隣の門閥派の領主どもはおまえさんを歓迎すらするかもしれない。
帝国の武官のうち、クロウザントと互角以上に戦ったのは、おまえさんだけだ。
しかも手加減していたというんだから、まったく頼もしいよ」
「あの剣士は帝国の軍兵も手にかけている筈ですが、咎めなくていいのですか?」
「ヴィルブの罪状はざっと読み上げたはずだ」
と、宰相は言った。
「領民が手向かうに至ったのは、こっちの失政、こっちの落ち度だよ。
それに、おまえさんがウェイルロードの住人だったら、民を虐げる役人なんざは真っ先に叩き斬ってるだろうに。
おまえさんがそれを言うのか?」
まあ、宰相閣下が罪に問わないというのなら、それで構うまい。
「話はだいたいわかりましたよ。
それで、僕になにをしろと?」
「さっきも言ったが、正規の軍はしばらく動かせない。
おまえさんにはあくまで新しい領地を統治するためという名目でダンジョン管理局の仕事をあけて『国に帰って』もらう。
領地もちの役人はもとより年に何回かは所領に戻ることになっているから、なにも不自然なところはない。
とうぜん、領地の統治には多くの人員が必要になる。
こっちで集めてもいいし、むこうで集めてもいい。
ようするに、それを口実に小規模の軍を編成し、まずはヴォイド郡を安定させて欲しい。
……いっておくが、ヴィルブの統治が失敗したせいで、近隣の領主たちは領地の防衛を名目に手勢を展開して略奪をはかったり、あるいは魔物の群れが跋扈したりしている。
可能な範囲でかまわないから、門閥の貴族の軍勢や魔物どもに対して、睨みを利かせておいて欲しい。
そのあいだにこちらは連中を宥めすかすなり脅かすなりして、出兵の準備をする」
「待ってください、宰相閣下」
と、僕は遮った。
「僕には軍務の経験がないし、属州の統治に関する法や領主の慣習もよく分からない。
僕が異界人であることはご存じのはずだ。
もとよりこの世界そのものに不慣れなところがある。
かえってウェイルロードの状況を混乱させることにもなりかねない」
「自信を持て」
と、宰相閣下は頼りない息子を励ます父親のようないかにも尤もらしい顔つきをして、
「言っちゃなんだが、俺は人を見る目にかけては少しばかり自信がある。
おまえさんは間違いなくこの任に最適な人間のひとりだ」
「……答えになっていませんが?」
「しかし、内政や法律に関する知識についてのおまえさんの懸念はもっともだ。
心配するな、強力なサポートをつけてやる」
そうして隣室にむかって、
「殿下、フィリア殿下」
と、声をかけた。
「お待たせしました」
突如として扉がひらき、
「じゃーん!」
と言ってツインテールを跳ねさせながら飛び出てきたのは、まさにフィリア殿下だった。
尚、この更新単位において言及した一連の伏線は回収されない恐れがあります。むろん最善は尽くします。
この話は前編、中編、後編の三部構成もしくはそれ以上を想定していますが、心苦しくも下書きが止まっておりまして、前編が終了した時点でまとまった時間を頂戴することになるかと思います。再開は未定です。ほんとすいません。




