第十話
「おまえさんも聞いてると思うが……」
銀髪の宰相閣下は執務机にゆっくりと肘をつき、指を組んで、そのうえに細い顎を載せた。
「ヴィルブという名のバカがひどいおイタをやらかした。
たしかに、もう少し早く事態を掴んでいりゃ、すこしはマシな状態に留められたかもしれねえ」
と、悔しげに視線を落とす。
「だがな、この際、言い訳をさせてもらうが、北部は門閥どもの影響力が強い一帯でな。
監視の目を光らせたくとも思うに任せないンだ。
草の者を10人送り込んだとして、そのうち生きて戻ってくるのが2人から3人、といったところだよ。
もちろんただブラブラして帰ってくる訳じゃなく、連中の本拠に潜入して落ち度を探る訳だから、危険も多いンだが。
……ついでだ、この際、文句も言わせてもらうがな」
おまえのせいだと言わんばかりに僕を指さし、上下に振って、
「優秀で腕の立つやつはみんなおまえさんたちダンジョン管理局にもっていかれちまう。
だいいち本人が志望するしな。
そんなわけで人材が偏ってンだ。
だから、おまえさんたちにも少しは公安や対外諜報、工作なんかを手伝ってもらわんと、俺としては納得がいかねえ、というか、それ以前に、仕事にならねえンだよ」
似たような愚痴を公安局長からも聞かされたばかりだった。
まあ、宰相たちの苦労はわかるが、そんな愚痴を僕のような下っ端に言われても困る。
「その話なら、フィリア殿下かうちの兄貴に……」
「まあ聞けって」
と、大公は言う。
「いまのはただの泣き言だ、本題じゃねえ」
「その、ヴィルブ総督の……」
宰相閣下はぎろりと赤い瞳をむいて、
「『元』総督、だ」
と、訂正した。
よほど腹に据えかねていると見える。
「……元総督は、具体的には、なにをやらかしたのですか」
「罪状は山ほどある」
宰相は腕を伸ばして紙の束をとり、額にあげた眼鏡をおろし、
「めんどくせえが、上から読み上げてやるか。
……上限を超える特産品への過剰な課税、
帝国が直轄管理する街道における通行税の徴収、
はるか昔に禁じられた領民への初夜権の度重なる行使、
総督ならびに領主に課せられた統治安定義務への違反、
つまりこれは失政の咎だな、
それから領地および管轄地の防衛義務違反、
地方振興のための補助金の着服、
領民への確たる理由を伴わない暴行と殺人、
他国勢力との勝手な条約の締結、
着服に収賄……まだまだあるぜ」
やれやれ、物語の紂王や董卓にも負けない暴政ぶりではないか。
そうして、僕を領主に迎えたがっていたヴォイド郡の者たちにも、このような卑劣な支配者に統治されることからくる数々の苦しみがあったのだろうな、と思うと、舌打ちが出そうになった。
「このとおり、数えあげりゃキリがないが」
宰相閣下は紙束を叩きつけるように放り、
「一番深刻なのは、魔物の売買とそれに伴う外患誘致だ」
大公の怒りや苛立ちのほんとうの理由がわかってきた。
帝国は初代皇帝ナンド一世の遺訓に基づいてダンジョン≪奈落≫を厳重に囲い、魔物いっぴき出さぬ体制を敷いてきた。
魔物と正面から戦って勝ち続けることを、自分たちの存続の礎にしたのだ。
だから魔物を使役するというのはご法度中のご法度だった。
他国には魔物を軍事的に利用する国もあったが、帝国はそれを厳に禁じた。
もちろん売買もかたく禁じられている。
しかし、魔物を操る魔術的な技法がない訳ではなかった。
帝国ではその手の魔法書は禁書扱いで、研究すら禁じられているが、他国ではそうとうに高い水準まで技術を磨いていると言われていた。
事実、帝国軍も他国と戦火を交えれば、魔物と使役者たる魔法使いで編成された部隊と交戦することもある。
実際のところ、他国にいけば使役用の魔物は軍事用、労役用のいずれも高値で取引されていたし、まして法律でかたく禁じられている帝国においては、闇のマーケットで天文学的な値段がつくこともあった。
美貌のアルラウネやワーキャット、サキュバスをそういう目的でいたぶったり、あるいは罪人や奴隷をグリーン・スキンと戦わせて客にカネを賭けさせるというようなことをする者もいた。
そういう底なしの需要がたしかにあったのである。
そこで、どこから魔物を調達するか、だが、帝都のダンジョンはダンジョン管理局が目を光らせているのでほぼ不可能だ。
となると、密輸するか、北部から流入してくる魔物を捕らえて、調教するなり魔術を施すなりする他ない。
むろん古来より魔物との戦いに苦しんできた帝国が、ただ北方から魔物が流入してくるに任せている筈はなく、方位魔術の仕掛けをもって、グルノール山脈の尾根にそって、結界を施していた。
残念ながら万能ではなく、僕も詳しくは分からないが、この方式の結界は星辰(天文)の配置の影響を強く受けるらしく、惑星の並びが乱れて結界が弱くなったときにはドッと魔物が流入してくるということも、ない訳ではなかった。
赤瞳の宰相から、
(外患誘致……)
の言葉が出たということは、ヴィルブという男が、この結界になんらかの操作をするなどして魔物を敢えて流入させ、それらを捕らえて売買していた、ということだろう。
あるいはもっと、酷い事態になっている可能性もある。
たとえば、他国から魔物を使役する術の心得がある魔術師たちを招き入れ、大々的に密貿易をするなどだ。
そうしてあがった膨大な利益が、ただヴィルブという男の懐に収蔵されていたとは考えにくい。
さして豊かではないウェイルロードからあがる税収などたかが知れており、そんな総督が分を超えて贅沢な暮らしをすれば、目の前にいるこの抜け目のない宰相閣下が見逃すはずはない。
つまり、カネを蓄えたところで使い道がないのだ。
少なくとも僅かでも思慮のまわる者ならそう考える。
だからどこかに流れていたはずである、邪悪な目的をもって。




