第七話
土鍋ごときを相手にしてのこととはいえ、約束は約束だ。
いずれ北部にゆくことがあれば、しかるべき神殿を探して尋ねてみるつもりでいる。
しかし、約束を交わす気になったのは、ただの気まぐれでもなければ、化けて出るほどの恨みを残しているのかもしれない土鍋に憐れみを覚えたからでもなかった。
ヴォイド出身だという年老いた剣士と、いささかの因縁があったからだ。
ビクターと知り合う半年ほど前の話だ。
僕は盗賊どもの用心棒の稼業にもいささか飽きて、ダンジョンを探索して一攫千金するつもりになって、冒険者登録をし、酒場でごろつき紛いの冒険者たちにまぎれ込み、ダンジョンを探索したことがあった。
その頃、巷には大きな儲け話があった。
帝国が建国されるはるか前、ネディロス共和国時代の大豪族だったオールギュンド氏の陵墓が、ダンジョンの奥地で見つかったというのだ。
オールギュンド氏は共和政ネディロスのなかでも栄華を極めた氏族で、(その話が事実とすれば)その陵墓に莫大な金銀財宝が眠っていることは疑う余地がなかった。
そこでネディロスの山師や近郷の有象無象どもがこぞってやってきて冒険者登録をし、急造のパーティーを組んで、ダンジョンの探索に乗り出した。
門前街は活況を呈し、目抜き通りなどは人をかき分けなければまともに歩くことすらできなかった。
しかし誰も、陵墓がほんとうに見つかったのならなぜ実際に宝が持ち出されていないのか、それ以前にどうして危険なダンジョンの奥地に陵墓を作らなければならなかったのか、そもそもそれは可能だったのか、を問わなかった。
皆、欲に目が眩んで視界にバラ色の靄がかかっていたのである。
当時、すこしばかり剣が使えるだけの若造にすぎなかった僕もそういう胡散臭い儲け話にからめ取られたひとりだった。
案の定、これは戦死者の怨念を大量に集めようとしていた、とある錬金術師の仕組んだ、罠だった。
のちにダンジョン管理局により別件で逮捕されたこの錬金術師の倉庫から、瓶詰めにされた怨念の結晶が大量に見つかり、錬金術師は自白を余儀なくされたのだった。
街の山師どもは、そいつと仲間たちが流したデマと巧妙な情報操作に、まんまと引っかかった訳である。
もちろん、当時の僕たちには真相など知る由もない。
数にモノを言わせて意気揚々と第五層まで魔物を蹴散らし進んだ冒険者の大集団は、ふと気づくと、魔物の大群に退路を断たれ、前後左右から激しい波状攻撃を受け、ほうほうの体で古い砦に逃げ込み、そこに閉じ込められていたのである。
一日じゅう魔物どもと剣をまじえ、疲労困憊して砦に引き上げるが、負傷者の陰鬱なうめき声や、戦況に絶望した女冒険者どもの金切り声、それに魔物どもの不気味な咆哮が、陰々とダンジョンに反響して、まともに眠ることもできない。
当時の僕はただの粗暴な剣士に過ぎなかったから、みじめに苦痛のうめき声をあげる死にぞこないの重傷者を、刺し殺して黙らせて回ろうかと、本気で考えたくらいだった。
そうして睡眠時間を確保すれば、翌日は多少の無理がきくし、残量の乏しくなった食料もいくらかは長持ちするかもしれない。
はっきり言って、砦のなかの雰囲気は最悪だった。
僕の剣は毎日のように欠け、摩耗していく。
戦死した冒険者の腰から拝借してもすぐにダメになる。
仕方なく、槍でも弓でも、棒でもつぶてでも、使えるものはなんでも使った。
魔物の囲いを突破して帰還しようと試みた冒険者の一団が、目の届くところで、すり鉢で潰されるみたいに全滅する。
気の触れた女魔法使いが不吉な結末を喚きたて、矢の尽きた弓使いがもはやこれまでと倉庫の梁に縄をかけて首をつる。
さすがの僕も気が滅入り、死を意識せざるを得なかった。
そんななか、魔物の囲いを破って砦に合流してきた冒険者のグループがあった。
白髪を後ろで束ねた小柄な剣士に率いられた一団で、北方の訛りが強く、そもそも異世界からやってきて言葉に不慣れだった僕などは、連中が何をしゃべっているのかよく分からない。
その者たちは、不思議と落ち着いていて、仲間内で冗談なども平気で交わしていたため、しばらく、砦のなかで浮いていた。
ある晩、疲労と睡眠不足に苛まれ続けた僕は、けが人どものうめき声にいよいよ我慢がならなくなり、剣を取って立ち上がった。
そうして泣き喚くけが人を見下ろし、
「さぞ辛かろう。
いま楽にしてやる……」
剣をふりあげようとしたとき、手首を誰かに捕まれた。
見れば、白髪の小柄な老人剣士、あの北方訛りの一団のリーダーだった。
「そやつを斬れば騒音は消えよう。
されど貴様のうちに後悔の騒音が残るぞ。
それも永遠に、だ。
若造、よく考えよ。
貴様にとってよりおのれを苛むのはどちらだ?」
老人の青い瞳には、ふしぎな輝きがあった。
かれは僕を慰めるように背中をポンポンと叩き、それから怪我人のもとに片膝をついた。
「生き残りたくば、まだ戦える者たちの士気を削ぐようなことは致すな。
黙って耐えよ。
貴様も男子であろう?」
怪我人は、ハッとなにかに気づいたような顔をした。
それから一言もうめき声をもらさなくなった。
今になってみればよくわかるが、老人は苦しい戦いのなかにあって、自らの心を律するのに長けた人物だった。
老人はそんな風にして冒険者たちの苛立ちを宥め、負傷者たちを励ました。
やがてこの老人は人望を集めて食料の管理や分配を委ねられ、
(冒険者たちは砦に押し込められてすぐに手持ちの食料を供出しあって配給制を敷く必要を理解したが、それを任せられるほど信用できる者がいなかった。
このような経験豊富で良識を備えた老人は、まさに渡りに船だった)
そのうち砦の冒険者たちを束ね、指揮をとるようになった。
みなでまとまって慎重で堅実的な戦い方をしたおかげで、けが人は減ったし、前線を担う者たちの疲労感もだいぶ軽減された。
なにより形ばかりでも統制が取れるようになったことが大きかった。
ただ、光明はいっこうに見えなかった。
それからしばらくして、珍しく魔物が攻め寄せてこない日があった。
代わりにグリーン・スキンのエリートが使者として供を連れて城壁のまえまでやってきた。
エリートやチャンピオンのなかには人間の言葉を操れる者がまれにいたが、そいつもそうだった。
「キサマラ、ミナゴロシニサレタクナクバ、イケニエヲサシダセ」
と、そのエリートは吼えるように言った。
「10ニンノイキタニンゲンヲサシダセバ、フツカダケ、カコイヲトイテヤッテモヨイ」
砦のなかに動揺が走ったのは言うまでもない。
そのへんの役立たずの怪我人や、金切り声をあげては気の滅入るようなことをまくしたてる頭のおかしくなった女冒険者どもを、10人見繕って差し出せば、ほかは皆助かるというのだ。
まずいと思った。
これは明らかに策略だった。
僕が祖父から剣術を習ったことはまえに述べたが、古くから伝わる剣術にはかならず軍学、軍配術が伴っていた。
軍陣での作法に加え、孫子呉子、六韜三略、尉繚子、司馬法、李衛公問対などの素読をやらされ、それについての流派の解釈などを頭に叩き込まれる訳だ。
そうして祖父から学んだなかに、このような策があることを、僕は聞いて知っていた。
要するに、同士討ちをするように持っていくのである。
しかも、要求を受け入れて生け贄を差し出したところで、魔物どもは約束を守らないに決まっている。
しかし、戦闘集団として高いレベルで統率が取れておらず、専門の訓練も行き届いていない者たちは、これで助かるかもしれないと思って、策に飛びついてしまう。
それが人情というものだった。
このような状況で内紛が起こり、戦力が大きく減少すれば、数にモノを言わせる魔物どもにすり潰されかねない。
僕は歯を食いしばって、論争の原因になるに違いない手負いの冒険者と気の触れた女どもを、まとめて斬り殺す気になった。
それ以外に内紛を避ける手がないのだ。
そのとき、底抜けに明るい笑い声が、あの老人の喉から飛び出て、ダンジョンに殷々と響き渡った。
「きさま、我々に同士討ちを起こさせるつもりであろう。
そのような見え透いた手に乗る我らではないぞ。
忌々しい奸計をのたまうその薄汚い口を、とわに閉ざしてくれるわ!」
白髪の老人は塀のふちにブーツをかけて、仲間の差し出す弓をとって、矢をつがえ、パッと放った。
矢はひょうと小気味いい音を立てて飛んでいき、エリートの喉をザクリと貫いた。
この一事により、砦の雰囲気はがらりと変わった。
戦果は徐々に上がり始め、日を追うごとに、砦に寄せてくる魔物の数は減っていった。
砦から偵察隊を出して周囲の状況を把握する余裕も生まれた。
そうしていよいよ、怪我人を守りつつ、しんがりに比較的腕の立つ冒険者をまとめて、撤退することができる状況になった。
魔物どもは我々に恐れをなして、距離をつめようとはしない。
しかし焦って逃げれば、追撃を誘ってしまう。
我らはあくまで泰然と、やるつもりならいつでも相手になるそ、の構えを崩さず、悠々と撤退した。
そうして白髪の老人と並んでダンジョンの薄闇のなかを退きながら、言われた言葉が、ずっと胸に刺さっている。
「若造よ、おまえは武略も剣技も見事なものだが、惜しいかな、人のうえに立つ徳がない。
いや、人並みの情すらない」
「だからなんだ」
と、返しはしたが、内心では全くその通りだと思わざるを得なかった。
僕のなかで、これで構わないという気持ちと、本当にこれでいいのだろうかという思いが、せめぎあっていた気がする。
「貴様、名はなんという」
「マサハル」
「異界人か」
別の世界からやってきた人間を指していう言葉である。
「あんたには関係ないだろ」
それから暫く、会話が途切れた。
「爺さん、名前を聞いてもいいか」
僕は思い切って尋ねてみた。
この老人は砦のなかでは「爺さん」や「白髭どの」の呼び名で通っていて、名前をまだ知らなかった。
「サルマン」
とだけ、老人は答えた。
姓は名乗らなかった。
それが冒険者の流儀のようなものだったためかもしれない。
家も故郷も捨てた、自分はさすらいの冒険者だ、という訳である。
むしろこういう場で姓を名乗ると、なにを気取っているのだ、と思われかねない。
あえて聞きたくはあったけれど、自分も名乗らなかったのだから、それを老人に要求することはできなかった。
この老人は年季の入った由緒の正しそうな剣を刷いていたし、なによりある種の気品があったから、
「もしかして、騎士か」
と尋ねたら、
「遠い昔の話だが、な」
「……あんたも、見事なもんだったよ」
サルマン爺さんは、何の話だ、という顔で僕を見る。
「弓の腕、だ。
あの距離でよく当たったな。
なにかコツでもあるのか」
すると老剣士はからからと笑い、
「正しき目的のために真剣にそれを行えば、神がこれを加護したまわらぬ訳があろうか」
背負っていた弓をとって、数十歩先にあった朽ちた魔物の死骸にむかって、ひょうと放った。
矢はわずかに逸れて、土のうえに突き立った。
「わたしの腕はこんなものよ。
あれは武の神のおくりものだ」
僕はそれを見て、肝が冷えてきた。
いまは違う解釈をしているが、あのときは、爺さんの矢がピタリとエリートの首を貫いたのは、まったくの僥倖にすぎなかったわけか、と思ったのだ。
「ハズれていたら偉いことだったぞ……」
爺さんは、貴様にもそのうち分かる、と、ひとりごとのように言った。
「とはいえ、あんたは経験豊富で頼れそうだな。
いい儲け話があったら、僕を戦士として使ってくれないか」
サルマン老人はからからと笑い、
「マサハルのような粗暴な輩は御免被るわ。
いつ寝首をかかれるか分かったものではない。
それに……」
雪の降りだす季節になるまえに、ウェイルロードに帰らねばならぬ、と言った。
そのあたりが老人の故郷であるらしい。
収拾? ハッ知らねえぜ
風呂敷フェスティバル




