第六話
つい先月のことだ。
うちの料理人をやってもらっているエメル・タッカーが、非番の日にこんなことを言ってきた。
旦那様は異世界からお越しになったと伺ったが、元いた世界の料理が恋しくなったりしないか。
もし希望があれば再現を試みたい。
私としても研究になるし、ひとつ聞かせては頂けないかと。
それで、「おじや」が食べたい、と伝えた。
だしでごはんを煮て、卵でとじ、三つ葉をのせる程度の簡単なものでいい、と。
すると彼は市場で土鍋を買い付けてきて、夕の食事にそれを再現してくれた。
魚介と野菜で取ったスープで麦飯を煮、卵が半熟になるところで火をとめ、この世界の香りのいいハーブをきざんで散らしたものだ。
上々の出来だった。
僕は彼とふたりでそれをすすりながら、日本にいた頃の思い出話などをした。
それから付き合いがあって酒の席に出て、夜中に帰宅した。
すこし飲みすぎて足元が覚束なかった。
階段のまえで尻もちをつき、すこしうつらうつらして、それからふと目が覚めた。
カチャカチャ、カチャカチャと音がする。
調理場のほうからだ。
エメルが居残って食材や食器の整理でもしているのかと思って、もしいるのならまた「おじや」を煮てもらえないかと考え、たちあがってふらふらと調理場まで歩いていった。
すると、窓から月あかりの差すなか、手足を生やしたくだんの土鍋が床のうえに立って、僕を見上げていた。
なにを言っているのか分からないと思うが、僕も正直、眠気と相まって、なにが起こっているのかよく分からなかった。
「なんだ貴様は」
僕は護身用に腰にはさんでいた鉄扇に手をかけながら言った。
異世界くんだりまでやってきて、ダンジョンで命を落とすならまだしも、キッチンで土鍋ごときに不覚をとって生涯を終えるのはさすがに御免被りたかった。
それから、記憶が定かではないのだが、気づくとメイドのローラに、朝ですよ、お仕事に遅れてしまいますよ、と肩を揺すられていた。
調理場の窓からは淡い朝日が差し込んでいる。
すぐに立ち上がり、土鍋を探してあたりを見回したところ、それは竈のうえにあり、蓋の隙間から泡と白い湯気を噴出していた。
辺りには、麦を炊くいい匂いが漂っていた。
頭のなかには、夢かうつつか定かではないが、土鍋と言葉を交わした記憶がかすかに残っていた。
土鍋はどういうわけか僕にひどく憤っており、そなたはいつになったら祖霊の廟に挨拶にくるのか、と問い詰めてくる。
僕は日本の実家の菩提寺にある墓のことでも言っているのかと思って、むろん墓参りしたいのはやまやまであるが、なにしろ異世界にいる身であり、思うに任せない、どうか不義理を許して頂きたい、などと言い訳をした。
それにしても異世界の土鍋ごときに先祖への不義理を詰られるいわれはなかったが、往々にして夢とはそういう錯綜したものである。
その日、たまたま通勤中に一緒になったシルヴィアにその話をしたら大笑いされ、気になるならラッセル伯に相談してみたら、と言われて、それもそうだなと思い、打ち明けてみると、ビクターは案の定、がっつり食いついてきた。
その土鍋を見せろというので勤めが引けてから僕の屋敷まで連れてきて、エメルを呼んで当の土鍋を持ってこさせた。
「なぜ、これを買おうと思ったのですか」
と、ビクターはエメルに尋ねた。
「蓋の重さも肌の厚みも、麦を炊くのにちょうどいいと思いましてね。
しかしそれ以前に、妙に惹かれたんですよ、コイツに。
市場の古道具屋で見かけた瞬間に、ビビッと来た、と言いますか……」
「なるほど……」
ビクターは土鍋を手に取って、
「ふむ、いい仕事をしているな。
この肉厚の武骨なつくりと荒涼とした釉薬のグラデーションがじつにいい。
まあ、こっちの中世ヨーロッパ風の世界ではまったくウケんだろうが。
しかし僕たちの世界に持ち帰れたなら、中島誠之助の度肝を抜けると思うぞ、これは」
「まあ、いつの時代のどこのモノか見当もつかず、鑑定の大家としては青ざめる他ないだろうな」
「これは、およそ300年前にヴォイド郡の窯元ザルディーニで作られたものだ」
僕は兄貴の相変わらずの博識ぶりに感心しながら、
「どうしてわかる」
と、尋ねると、ビクターは土鍋を裏返し、
「ほら、ここに刻印がある」
と言った。
なるほど、そこには、神聖歴による製造年に加えて、古代キュローヴ語で、ザルディーニ、ヴォイド、と刻まれてあった。
古道具屋に転がっているような安物の贋物を作るような酔狂な輩もいるはずはないから、偽造を疑うまでもない。
「それにしても、保存状態がいい」
と、ビクターが感心したように土鍋をためつすがめつする。
「もしかすると、ヴォイドのそれなり由緒ある神殿で祭器として使われていたものかもしれないな。
もともとヴォイド郡は陶器に適したよい土のとれるところで、古くは陶芸が盛んだった。
ただ、このとおり、丈夫ではあるが、都会むきの華美な作りとはお世辞にもいえない。
だから時代がくだるにつれて流行らなくなっていったそうだ。
そういう条件のもとで、保存状態がよいとなれば、自然、来歴は限られてくる」
「ふむ……」
「ヴォイド郡の領主だったヴォイド一族はすでに滅びてしまったが、その一族の祖霊を祭っていた神殿は、まだ続いていると聞く。
この土鍋の妖精さんは、その祖霊たちの眷属で、ヴォイドの家名を継いだ君が速やかに挨拶に来るべきであると思っていたのかもしれないな」
それからビクターが例のおじやを所望したので、エメルにまた作ってもらい、二人ですすった。
その晩、夜中に目が覚めて、喉に渇きを覚えたので、調理場で水を飲もうと思って降りてゆくと、また土鍋が立ち上がって、僕を見上げていた。
「まあ聞け。
僕はヴォイドの家名を継いだが、残念ながら、ヴォイドの領主という訳ではないんだ」
と、土鍋に説明した。
「加えて、ダンジョン管理局の役目があってなにかと多忙でな。
が、いずれ機会があったら、貴様のいた神殿に参拝して手のひとつでも合わせたいと思う。
これもなにかの縁だろうからな。
そういうことで機嫌を直して貰えないか」
土鍋は腕をくんでしばらく黙り込んでいたが、やがて、致し方あるまい、そなたの申し開きは承知したが、しかし、必ず参上いたせ、と言った。
それから記憶が途絶え、ベッドの上で目が覚めた。
その朝、エメルとメイドのローラが調理場で騒がしくしているので、出勤がてらなにがあったのか訊ねてみると、あの土鍋がどこを探しても見当たらないという。
「用が済んだのかもしれないな」
と、僕は独り言をつぶやき、二人には
「気にしなくていい。
そのままにしておけ」
と言った。
風呂敷を広げ過ぎました。
当初予定していた二部構成では片付きそうになく、三部構成になりそうです。
でもストックは減る一方です。




