66 陽丘信用金庫 融資係長 根岸 伸夫
お金が借りられないので、お店の改装なんかできない。
ならば、お助けキャラを参上させましょう。
適当だなぁ?
何を言ってるんだね。予定通り、予定通りなのだよ…
その男は、閉店十五分後きっかりにやってきた。
背広姿の、サラリーマン風の男だった。
俺は、そいつの顔に見覚えがあったが。
どうやら、向こうも同じことを考えていたようだ。
目と目があった瞬間、お互いがお互いを思い出したのだから。
「ああっ!プータローまがいの警備員っ!」
「ああっ!食い逃げ狙いの酔っぱらいっ!」
思い出したくもないが、思い出さずにはいられない。
まだれんげちゃんが店にくる前の、俺がここの常連だった頃。
来々軒のラーメンにマズイマズイと文句をつけて、食い逃げしようとした男だ。
俺が不用意に「だったら来るな」とか言ったせいで、ケンカ沙汰になりかかったんだっけ。
で、止めに入った親父に、なぜか俺が殴られて…
ニャロウ、今度はナニしに来たんだよ。
「いらっしゃいませっ!お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
れんげちゃん、いそいそと男に席を進める。
イィンダヨそんな奴相手にしなくたって。ロクな奴じゃないんだから!
「まさかあんたが働いてるとは思わなかった。顔も見たくないから、わざわざこんな時間に食いにきたってのに」
「そんなの俺の勝手だろうが。大体、行列に割り込んでラーメン食わせろだなんて、客の風上にもおけない奴だな。れんげちゃんに絡んでたおかげで、俺もエライ迷惑したぞ」
「ハッ、女の子一人に店を任せっきりにしてるからだ。イザという時に接客の一つも出来ないで、よくラーメン屋に勤めてるもんだ」
こ、このっ…口の減らない野郎だな!
俺が親父なら、即座に叩き出しているところだ。
でも、親父、なんかこの男には、卑屈なんだよね。
「あの、オーダーお願いします」
「オーダー?注文と言え、注文と。それに、味を確かめにきたと、そう言わなかったか?」
「失礼致しました。マスター、塩一丁ッ!」
「アイヨッ、塩一丁ッ!」
「オッケー、塩一丁ッ!」
とっさの条件反射で声がでてしまう。なんでこんな野郎の為に!
第一、閉店するって言ってるのに無理やり押しかけて、そのぞんざいな態度はなんだ。うちの看板娘れんげちゃんに、いちゃもんまでつけやがって。
れんげちゃんもれんげちゃんだよ。そんなに丁重にもてなしてやることなんかないんだ。お客が一人しかいないからって、いつもより丁寧にカウンター拭いたり(まあ、いつも丁寧だけどさ)オシボリやお水、甲斐甲斐しく運んでやらなくったって。
親父は、まあ、こういう男は苦手らしいから仕方ないけど。
まあ、俺も俺だよな。こんな野郎に作ってやるラーメンなのに、勝手に手が動いてメインスープと調味スープの配合、いつもより上手くいってるし。
流れ作業で親父が茹で上げた麺を乗せ、俺も自然にチャチャっと具を盛りつける。
身についた習慣が、我ながらコワイよ。
間髪入れず、れんげちゃんが運んでいく。
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」
「いや、大して待ってない」
いいんだよこの野郎、そんな余計なこと言ってないで、さっさと食ってさっさと帰りやがれっ!
俺や親父が見ている中、男は箸で具を突ついたりひっくり返したりしている。
ナロッ、コイツ絶対、文句つけたくてキッカケ探してやがる。
男、そのまま麺の弾力を確かめるように箸で押したりしていた。
レンゲでスープを掬い、色合いや香りを確かめるように目の前にかざすと、味を確かめるように啜る。
と、麺に箸が伸び、噛みしめるようにして口に運んだ。
何口かそうして、その後、一気に啜り込む。
男の顔が、ぐっと前にせりだすと、そのまま一気にラーメンを掻き込むように食べ始めた。
ズズ、ズズズッ…
ジュルジュル、ジュル…
見ていて、あきれるほど旨そうな、食べっぷりだった。
なんか、無性にラーメンを、来々軒のラーメンを食べたくなるような、そんな食べっぷりだった。
みる間にドンブリの中身が減っていき、男は最後まで、スープ一滴も残さずに平らげた。
「プハアアァァァ…」
幸せそうな余韻に浸る、男の顔。
まあ、見ていて悪い気はしないが。
でも、いいからさっさと帰れという気持ちが収まるわけでもない。
だが、すんなりと帰るつもりはないらしい。
男、立ち上がると、背広から名刺を取り出して、親父に丁重に手渡す。
『陽丘信用金庫 融資係長 根岸 伸夫』
「信用金庫の、融資係?!」
俺と親父は、思わず顔を見合わせた。
「ゴメンナサイ、お話する時間、なくって…」
れんげちゃんが、済まなそうな顔をして俺たちを見ていた。
ダメなお店には徹底的にダメ出しをする。
美味いお店には徹底的に寄り添っていく。
妥協しない男、根岸伸夫。
ねぎし のぶお。ネギが 伸びる男。
お話の最初っから登場してます。
鳴人君とケンカしてます。
コイツも妥協しない男です。
来々軒は、そういうお話です。




