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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第11章 荒ぶる親父、付き合う鳴人、彼女の理由

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62/80

62 それが、別れた女房との約束だからなんだヨ

 お金を借りて改装出来るなら、それが一番いい。だって、行列ができる位、客が入るんだから。

 でも、借りられないなら…どうしましょうかね?


 鳴人君、腕の見せ所ですよ。

 れんげちゃんにも必要な話、ということで、テーブルに座って貰った。

「カネを借りて、それを資金にして店を広げるというのは、俺は基本的に賛成なんです。リスクを負いたくないばかりに貸し渋っている銀行のヤリクチは、間違っていると思います。親父さんの言う通り、会社やお店の発展のために協力するのが、銀行の社会的使命っスからね」

「おぉ、イイゾ!」

「茶化さないでくださいよ。大学の講義の、単なる受け売りなんですから。

 ただ、今の銀行を取り巻く状況や不景気の世の中を考えると、そんなに簡単にカネを貸してもらえるとは思えないんです。

 で、借りる為の方法にも色々あるんですけど。

 例えば、利率の高い貸金業者なら、あまりうるさいことは言われません。店を構えて営業しているので、逃げられる心配があまりないということもあって、多分すんなり貸して貰えるでしょう」

 ちらっと、れんげちゃんを見る。

 以前、俺、彼女がサラ金にカネを借りて、返せなくなって逃げ出してこの店に来たんじゃないかって疑ってた事、あったんだよね。

 ハハ、俺もバカだよなあ…

「うーん、わたし、よく分からないけど、そんなに無理する必要はないかな、と思いますけど」

「うん、これは、ただの一つの手段、それも他に手がない時、とは思うんだ。実際問題、利率が高すぎるから、借金の為に営業している、という状況になりかねない危険もあるし。

 それで、二つ目は、万が一返せなくても、その分を立て替えてくれる担保や保証人をつけることなんですけど。来々軒は土地も建物も借りモノだから、店自体は資産価値はないんですよ。

 後は、親父さんの親族関係で、保証人になってくれるような、担保を提供できる資産を持っている人がいるかどうかなんですけど」

「あっしかい?…あっしは、家を追ん出た人間だからねェ。

 …うぅん、ちょっと、難しいかもねェ」

 そうか。親父の実家、大きな綿農家だとかれんげちゃんが言ってたような気がしたけど。だったら、普通はそっちを継いでいるよな。こんなラーメン屋やってるということは、何かなきゃ変だよ。

「俺の実家、地方でスーパーやってるんですよ。保証人位なら、なってくれるかもしれないんで、ちょっと当たってみましょうか?」

「だ、だめだよ。従業員の君に、そんな事はさせられないヨ。ダメ、絶対にダメだヨ」

 親父、ちょっと怒った真顔でそんな事をいう。

 まあ、それが社会の常識というものだけど。

 背に腹は替えられないという事もある。

 それに、俺も実は、親父や兄貴とは仲が悪いんだ。

 あいつらの首を縦に振らせる自信は、正直ないんだけどね。

「すいません。まあ、これも一つの手段ということです。

 この二つは、最後の手段というか、可能性の一つとして示しただけです。

 カネを借りるもう一つの方法は、来々軒の経営状況を良くする事、つまりきちんと儲かる経営体質にすることなんです。こっちは、上手くすれば銀行からカネを借りなくてもいいかもしれない」

「へえ…そんないい方法があるんなら、それで行こうじゃないか」

 親父、ビールをグッと飲み干した。

 なんか、目が座ってきているように感じるのは、気のせいか?

 いや、この親父の場合は、単に酒が弱いだけか。

「俺の計算だと、ラーメン一杯あたりで店の儲けは良くて100円といったところです。一日四百杯売っても、儲けは4万円。ここから人件費を抜いたら、いくらも残らないと、単純にいえばそういう話なんですよ」

「ひゃ、ひゃくえん…?」

 さすがに、親父も真顔に戻ってきた。

 まあ、俺だって正直ビックリしたくらいだからね。

 れんげちゃんが、やけに冷静なのが気になるけど。

「これじゃあ、銀行じゃなくてもカネは貸せないです。

 そこで、簡単に儲けを出すには、値上げすればいいわけです。100円上げるだけで、一日4万の儲けが上乗せです。月に直して約100万。店の全面改装に、だいたい500万位かかると思いますから、半年もしないうちに資金はたまりますよ」

「ダメだ」

 親父、やけにキッパリと言い切った。

「いや、今の客足なら、多少値上げしたってお客さんはついてきますよ…」

「ダメなんダ。値上げは、できないんだヨ」

「な、なぜです?」

「それが、別れた女房との約束だからなんだヨ」

「…奥さんとの、ですか?」

 俺も、そしてれんげちゃんも、じっと親父の顔を見つめる。

「あっしは、女房と誓い合ったんダ。来々軒は、お客さんが気軽に食べに来られる、安くて美味しいラーメン屋にしようって、ナ。だから、創業以来、ずっとこの値段でやってきたんダ。

 …そいつを変える事は、女房への裏切りになる。そうだろ?」

 そうだろ、って、そんな事俺に言われたって…

「マスター、そんな事ないです。マスターを裏切ったのは、見捨てたのは、母なんだから。だから、マスターがそんな風に思うこと、ないです…」

 れんげちゃん…

 冷静な顔をしているんじゃ、ない。

 冷静な顔を保とうと、努めているんだ。

 でも。

 目の端が、ちょっと潤んでいる。

 泣くのを、堪えているみたいに。

 ホント、感情を抑えるのが下手、だよなあ。

「それは違うヨ、彰油さん。裏切る、裏切らないっていうことでも、女房がドウコウというでもないんダ。これはあくまでもあっしの問題、あっしのプライドなんだヨ」

 親父は、自分に言い聞かせているかのように、一言一言、区切るように、そう言った。

「鳴人君、だから、値上げはしないヨ。他の方法はないのかい?」

「い、いえ。値上げしないのなら、コストを削減するという方法があります。

 ただ、俺も帳簿を付けながら調べたんですけど、この味、質を保つためには必要な経費だな、とも思うんですよ。だいたい、普通のラーメン屋では扱っていない素材や材料を仕入れているんですけど、相手の業者さんが普通は相手にしてくれなかったり、法外な仕入れ値や条件を提示されるものなんです。

 でも、来々軒は上手く立ち回っている、というか、結構ギリギリの所までコストを抑えていると思います。

 まあ、この辺はラーメン作りに関してはまだまだ素人の俺の口から言えることではないので…」

 そう言って、俺はれんげちゃんに話を回した。

 まあ、俺の調査は、つまり彼女を疑っていたその延長線の上での話だからな。

 仕入れ先と、実質的に取引していたのは、彼女だろうし。

「わたし…」

 しかし、れんげちゃんはなぜか俯いたまま、顔を上げようとはしなかった。

 叱られた子供が、なにも言えずに黙りこくっているかのようだ。

「彰油さん…」

 親父が、そんな彼女に優しく声を掛ける。

「わたし、わたし、そんな事、知らないで、自分勝手で、わがままで、お店の迷惑なんか考えもしないで…」

 彼女の声は、震えていた。

 泣き顔を見られたくないのか、かたくなに顔を上げるのを拒んでいた。

 たしかに、来々軒のやり方は、ラーメン屋としては間違っているだろう。

 銀行がカネを貸してくれないのも、ある意味当然だと思う。

 しかし、俺も、親父も、そして毎日行列を作ってくれるお客さんも。

 みんな、来々軒の、れんげちゃんのラーメンが好きだから、こうして集まってきているんだ。

 だから、君がそんなに悪く思ったり、泣いたりすることはないんだ…

「彰油さん。いや、れんげ…」

 親父が、彼女を、名前で呼んだ。

 初めて、そう、呼んだ。

 少なくとも、俺は初めて、そう聞いた。

「…えっ?」

 れんげちゃんも、ビックリしたように顔を上げる。

 彼女も、きっとそう呼ばれるのは初めてで。

 だから、泣き顔を隠すことも出来ずに、キョトンとしていて。

「お前が、あっしのラーメンを、来々軒のラーメンを理解(わか)ってくれて、その上にお前のラーメンを作ってくれていることを、あっしはよぉく判っているんだヨ。

 …だから、お前のラーメンは“アイのあるラーメン”に近づいているんダ。

 …だから、お前はカネの心配なんかしなくてもいいんだヨ」

 「マス、ター…」

 れんげちゃん、呆然と親父を見つめている。

「ハハハ、あっしがなんにも分からないで、お前にスープや仕入れを任せているとでも思っていたのかい?

 …まあ、そうだよな。こんなウラぶれた親父だ。ボケていると思われていても、仕方がないだろうネ」

「いえ、そんな事、そんな事ないです…」

「ハハ、いいんだよ。

 …お前は女房の若いころにソックリだ、うり二つだヨ。

 だから、お前が店の経営の事だなんて、そんな事を気にする必要はないんだヨ。

 そういうカネの算段は、あっしが判断して、あっしが決めることだ。そうだろ?

 子供が、自分のやりたい夢をかなえようとしているのに、親がそれを邪魔するなんて、しちゃイケナイ、イケナイヨ。

 だから、お前は、お前のやりたいようにやりなさい。

 お前のラーメンは、来々軒のいまの味は、あっしが女房と二人で目指していた“最高の品質で最高に安くて最高に美味いラーメンを創ろう”と誓いあった味に、近づいているんだから」

「だって、だってわたし、マスターに、お店に、迷惑ばかり掛けて…」

「まだそんな事いうのかい?

 …子供は親に迷惑をかけるもんダ。

 れんげ、お前は、あっしの娘なんだ。遠慮することなんかないだろ?」

「お父さんっ…!」

 今まで、ずっと我慢して、堪えていたものを吐き出すかのように。

 れんげちゃんは、親父の胸に飛び込んで、そのまま泣きだした。

「ウグッ…ヒック…おと、おと、おとうさん…ゴメン、ゴメンナサイ…」

「ハハハ、泣き虫な所まで女房にソックリだなあ、れんげは…」

 親父はそう言って、彼女の頭を優しくあやすように撫でてやりながら。

 れんげちゃんの気が済むまで、いつまでも、いつまでも、そのまま彼女を抱きしめていた。


 あっしは親なんだから、れんげの思うとおりにやりなさい。

 でも、わたしは裏切り者の娘なのに。

 あっしは、女房に裏切られたとは思ってないさ。別れたのは、しょうがない事だったんだヨ。

 お父さん…


 ラーメンが、来々軒のラーメンが、この二人を結び付けているんですよ。

 来々軒繫盛記は、そういうお話なんです。

 

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