63 馬鹿な事いうもんじゃないよ!
結局、親父とれんげちゃんは、実の親娘じゃなかったんですね。
ナベぇ、違うってよ!
なんて、本人には言わないでおこう。言えば言ったで、アイツめんどくさそうだもん。
銭湯に向かう夜道の中で、れんげちゃんは照れくさそうに、自分の母親の事を話してくれた。
俺の思っていた通り、彼女は親父の実の娘ではなかった。
親父から、いわば奥さんを奪い取った男との間の子供だった。
だから、今までは親父の事を「マスター」と呼んでいたし。
親父もその事を知っていたから、他人行儀で彼女を呼んでいたのだろう。
「お母さん、亡くなる前にわたしに“来々軒を訪ねるように”そう言い残したの」
「どうして? だって君は、親父さんの事なんか、それまでは知らなかったんだろう?」
「ええ、知らなかった。でもお母さんは“アイのあるラーメン”作りを、わたしに託していったから。だから、わたしはどうしても来々軒に行かなければならなかったのよ」
「“アイのあるラーメン”か…」
俺にしても、その意味はよく分からない。
ただ、たしかに来々軒のラーメンには“アイ”があると思う。
それは、以前にれんげちゃんが作ってくれた試食用のラーメンとは違うのも判る。
あの、食べる者をひれ伏させる、圧倒的な迫力をもつものとは、ベクトルが違うんだ。
俺が「不味い不味い」と思いながらも通い続けた、あの親父のラーメンの中に、もしかしたらそういう要素が含まれていたという事は…考えすぎだろうけど。
「鳴人さんは、本当にスゴイです。マスター、いえ、お父さんのラーメンを見分けるなんて」
「ハハハ…」
いや、やっぱりそんな大層な理由なんかないよ。
俺はただ単に、親父に優越感を抱きたくてあの店に通っていたようなものだから。
「わたしは、ダメですね。まだまだ、修行が足りないです。もしかしたら、お父さんのようなラーメン、作れないかも、しれない…」
「そんな事ないよ。れんげちゃんのラーメン、美味しいよ。ほんとに美味しいよ」
まったく、なんて事言い出すんだろうね、この娘は。
冗談のつもりでもなさそうだし。
「ううん。お母さんも、お父さんと一緒に作ろうとしたけど、結局できなくて、だから、逃げるみたいに来々軒を、お父さんを捨てたの。
わたしは、お母さんの娘だから、だから、お父さんを、捨てるのかもしれない」
「馬鹿な事いうもんじゃないよ!」
俺は、夜道という事も忘れて、思わず大声で怒鳴ってしまった。
れんげちゃん、ビックリしたように俺を見てる。
俺も、怒鳴ったそばから、急に照れくさくなった。
「いや、だから、怒ってるんじゃなくて…
その、つまり…」
あんなに一生懸命な君が、来々軒を、親父さんを捨てるはずはないよ。
捨てられるはず、ないんだ。
君と、君のお母さんとは、違うんだ。
同じじゃないと、そう、思うよ。
「それは、だから、つまり…」
言葉にならないまま、俺は。
黙ったまま、歩きだしてしまった。
れんげちゃんも、後からついてくる。
黙った、ままで。
(続く)
親父さんを、捨てるのかもしれない。
怖い事いうなよ、れんげちゃん。
なんのために?
お母さんがそうだったから?
そんなことされたら、俺、どうしたらいいんだよ…
だから、つまり…
言葉に、出来ない。




