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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第11章 荒ぶる親父、付き合う鳴人、彼女の理由

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60 そんなこと、あっしに言われてもねェ

 銀行に行って、融資のお願い。

 帳簿、作ったぞ。さあ、金を貸してくれるんだろ?


 それで貸して貰えるなら、誰も苦労なんかしないよ。

 最低限のライン、やっと土俵に乗せて貰えただけだぞ?


 それにしても、今までどんな経営状態だったんだ?

 いや、お察しの通りですよ。

 理解不能?

 当時は、そういうお店、いっぱいありましたよ。

 今でも、地方の田舎とかには、普通にあるんじゃないかなぁ?

「お客様、当銀行としましては、ご融資させて頂くのは誠に困難だと…」

「この前、帳簿を作れば金を貸してくれると、そう言っていたじゃないか?」

「いえ、ですから、その帳簿を拝見しての結果として…」

「なにぃ?あっしに学がないからといって、いい加減な事言ってるんだろう!」

「いえ、決してそのような…」

 大手銀行の、ちょっと奥まった所にある融資先窓口で、親父とそこの係長クラスらしい背広男が、丁々発止とやり合っていた。

 話を組み合わせると、どうも以前に融資の相談という事で、店に呼びつけた男らしい。

 親父が以前に付けていた小遣い帳もどきを見て、融資を断ったその経歴があるから、親父も感情的になっているのだろう。

 それにしても、親父の声、けっこう響く。

 銀行の客たちも、行員も、何事かと注目し始めている。

「納得のいく説明を貰わない限り、あっしはここを動かない、動かないヨ。あっしの背中には、可愛い従業員やあっしのラーメンを楽しみに通って下さるお客たちが控えてるんダ。そうだろうガ」

「いえ、それは、仰る通りなのですが…」

 係長、汗を拭き拭き対応してくれているが。

 内心は、とんでもないのに引っかかったとか思っているんだろうな。

 こういう時は、上司がもったいぶって出てくるものなのだが…

 ほら来た。

 いかにもやり手そうな、銀縁メガネの顔のキツイ男だ。

「お客様、ここではなんですから、応接室の方でご用件をお伺い致しましょう。君、用意して」

「は、はいっ!」

「な、なんだい?あっしは…」

「いえ、お話はこちらで…」

 しょうがないよね。俺としては、まあそんなもんだろうとは思っていたんだ。

 俺と親父は、奥まった部屋に、いわば“連行”された。


 品のいい調度品、革張りのソファー、大理石製らしいテーブル。

 かなりのVIPルームだ。

 銀行としては、重要な客をもてなす役割とともに。

 俺たちのようなウルサイ客を、ビビらせる意味も込められているのだろう。

 だから、巧妙に隠された隠しカメラや、高感度の録音装置位は、当然設置(付け)られているんだろうな。

 さすがに、親父もビビッた様子で、口数が少なくなった。

 勧められるままに、ソファーに腰掛ける。

 銀行員のやり手と係長は、なぜか上座に座った。

 いや、なぜか、という訳でもないか。

 たかがラーメン屋のゴロツキ風情、歯牙にもかけないつもりか?

 社会常識が無いはずもないから、わざとなのだろう。

「えー、来々軒さん、ですね。決算書、今年初めて作られたそうで?」

「い、いやぁ、それでもほら、去年、一昨年と三年分あれば、金を貸してくれるってそこの人が…」

 親父に名指しされて、係長がビビッている。

「いえ、そうじゃないでしょう。わたくし共としましては、最低限、それ位の資料がなければ判断する事はできないと、そのようにお客様に伝えるように指導していますので」

 やり手、場を完全に仕切っているようで、係長もただ頷くだけだ。

「そんなこと、あっしに言われてもねェ」

「この帳簿を作ったのは、君か?」

 いきなり、俺に話が振られる。親父は無視かよ。

「ええ…」

「中々、良く出来ているよ。でも、本職の事務員じゃないんだね」

「はい。俺、商業科の大学生ですから」

「ああ、なるほど。では、簿記の理屈は一通りは判ると考えていいのかな?」

 …この男、なにをいわんとしているんだ?

 親父も、心配そうに俺の方を見ている。

「ええ、まあ一応は」

「…じゃあ、君の目から見て、バイト先の来々軒の状況はどうだ?経営は安定しているといえるのかね」

 な、なんだよ失礼だな。いきなり経営がドウコウなんて聞くか?

 大体、俺だって客の一人だぞ。それを、格下でも扱うみたいに馴れ馴れしくぞんざいな口の利き方しやがって。

「ええ。毎日お客さんで一杯になりますし、いつも忙しいですよ」

「いや、わたしが言っているのはそういう事じゃない。大学生とは言え、経済を学んでいるのなら、判ってくれると思っていたがね。やはり滑り止めの大学生なら、その程度なのか?」

 ヒドイ言われようだとは思うが、事実でもある。

 確かに、この近辺には商業大学は一つしかないし、レベルもたかがシレている。

「おいアンタ、言うに事欠いて、なんて事言いやがるんだっ!鳴人くんはなぁ…」

「や、やめて下さいよ親父さん、落ちついて…」

 俺は親父の肩を抑えて、なんとか留めた。

 本当は、俺の方が怒鳴ってやりたいくらいだったが。

 しかし、こんな単純な挑発、間違いなく銀行側の“手”だという事位はすぐに判ったから。

 暴行事件扱いにして、隠し撮りしていたビデオを証拠にして俺たちを“穏便に”追い払う算段だろう。

 だが、いずれにしても、これは融資してもらうのは無理そうだ。

 相手にその気が無い事は、もうよく判ったから。

「いえ、仰りたい事はよく判りますよ。来々軒は、ラーメン屋としては“利益率に欠けている”という事でしょう?」

 やり手は、「ホオッ」という顔をして見せる。かなり大げさに。

「な、なんだよ…」

「そこの大学生のいう通りなんですよ、来々軒さん。こんなアブナイ経営状況で、リスクの高い融資をさせて頂く訳には、うちとしては出来ないんですよ」

「うちのどこが危ない経営っていうんだッ?!」

「説明してほしいのですか?簡単に言えば、材料費がかかりすぎで、利益率を圧迫している。人件費も高すぎ。一般商店のように来客者数をいくらでも上げられるならともかく、飲食店で一日に捌ける客の量など、たかがしれているでしょう」

「…なにが言いたいんダ?」

 この後に及んでも、親父、意味が判っていないらしい。

「つまり“儲からないラーメン屋に、貸すカネはない”と申し上げているんです。

 昨今の不景気を乗り越えるために、企業の皆さんは大いに努力しておられます。リストラ、給与カット、仕入れコストの削減で、より安いものを作り、なんとか生き残っていこうと必死なんですよ。

 おたくも、そういう経営努力もしないで、安易にカネを借りてなんとかしようという事では、この先やっていけないだろうと、そう申し上げているのです」

 やり手、メガネをちょっとはね上げる厭味な仕草をしてみせる。

 とどのつまり、経営がクルシイから改築資金だとか格好つけてカネを借りに来たのだろうと、そう思われているわけだ、俺たちは。

 道理で、丁重ながらヒドイ扱い方されるわけだ。

「…あんた、うちのラーメンを食ったこと、あるのか?」

「はぁ?」

 なに言い出すんだこの親父、といった顔が露骨に表れている。

「うちのラーメンを食ったこと、あるのか、と聞いているんだ」

「それが、どういう関係があると…」

「美味いラーメンっていうのはな、理屈じゃないんダ、ないんだヨ。

 …あっしらは、金儲けの為にラーメン屋をやってるんじゃない。お客様の為に、そして、あっしのラーメン屋の誇りの為に店を開いているんダ。

 そういう真面目な経営者を助けて、一緒に盛り上げていくのが銀行の役割ってモンじゃないのかい、エェ?」

「いえ、うちとしましてはですね…」

 やり手、ちょっと困った顔をする。

 そりゃそうだ。銀行の理屈の通用しない相手だからね。

 まあ、不景気で苦しいのは銀行も同じだから、貸してくれるはずもないとは思っていたけど。

 でも、親父はどっかりと腰を据えて、腕組みして。

 じっと、やり手を睨んでいる。

 長丁場を、覚悟しているようだ。

 どこまで、突っぱねられるかは、なんとも言えないが…


 2時間後、俺たちは大手銀行を後にした

 銀行は、やはりカネを貸してはくれなかった。

 俺としては無駄足なのだが、まあ、親父に店の状況を判って貰うには必要な時間だったとは思う。

「鳴人くん。あっしは、未だによくわかんないんだが、来々軒は、儲かっていないのかねェ?」

「…いえ、まあ、売り上げが多いけど、利益が薄い、という事です」

 銀行員が、さんざん説明してしていたが、最後まで親父は分からなかった。

 というより、分かろうとしなかったのだろう。

 この年代の男には、ありがちなことではある。

 現に、俺の父親もその口で、事務仕事のOA化をいくら口説いても、全く納得しようとはしなかった。

「今までやってきて上手くいっているものを、なぜ余計なカネを掛けて直さなければならないのか?」

 と言われ続けて、俺も意見する気を無くしたものだ。


 さ、お帰り下さい。

 追い立てられちゃいましたけど。

 銀行の上司さん、結構丁寧な対応だとも思いますよ。

 無理なものは無理と理解できない親父が、どうかしてるんですよ。


 だって、親父、そういう性格なんだもん。

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