49 俺、近いうちにきっとゴマカシを見つけてしまうよ
新章開幕。
この売り上げで赤字ギリというのは、どう考えてもオカシイ。
一日400杯×500円=20万円。
週一の定休日があっても、月25日稼働で500万円の売り上げ、ですよ。
年間だと、6000万円。
嘘、じゃないんですよね?
そのお金、どこに流れてるんだ?
普通のラーメン屋が、経営を軌道に乗せるには、一日百杯以上の売り上げが必要と言われている。
もちろん、これはただの通説であり、店によって基準や考え方は違ってくる。
とはいえ、れんげちゃんの来る前の、親父が一人でやっていた来々軒では、一日せいぜい二十杯も売れれば良い方だった。
一杯500円のラーメンだから、売り上げは良くて一日1万円。
それでも細々とでも経営してこられたのは、原価が安かったからだ。
去年、一昨年の経営を分析すると、一杯約150円位で作っていたようだ。
…道理で、水っぽくてマズイわけだ。
単に親父の腕が悪いだけではなく、材料までケチッていた、ということか。
そんなラーメン屋に「不味い不味い」と思いながら通っていた俺の売り上げは、だからけっこう重要だったのかもしれない。
だが、毎日必ずスープ切れで四百杯を売り上げる今の来々軒が、赤字ギリギリの経営というのは、どうしても納得行かない。
どこかに、ごまかしが無ければ、あり得ない数字である。
そして、ごまかせる人物は、一人しかいない。
そして、そう考えれば、全て納得がいくのである。
考えたくは、ないのだが。
考えなければ、ならないのだが。
~ ・ ~
「鳴人君、帳簿の方はどうだい? 進んでいるかい?」
忙しかった一日の仕事を終えて、片付けをしながら、親父が何気なく尋ねてくる。
「いえ、まだ…」
ったく、人の気も知らないで。
“れんげちゃんに、売り上げごまかされてます”
なんて、言えるわけないじゃないか。
まだ、決定的な証拠を掴んでいる訳でもないのに。
まだ、決定的な証拠を…
掴みたいのだろうか。
俺は、本当に、そうしたいのだろうか。
そんな俺を、彼女は見つめていた。
笑顔で。
店を閉めて、いつも通り銭湯に行く用意をして。
れんげちゃんの部屋の前で待つ。
「お待たせしましたっ!」
といっても、彼女はいつもどんな時でも待たせない。
そして、いつも通りの笑顔で飛び出してくる。
しかし、俺は自分の顔が引きつっているのを自覚していた。
薄暗い明かりしかないボロアパートだから、俺の表情までは判らないだろうが。
楽しそうに話しながら歩くれんげちゃんに適当に相槌を打ちながら、俺はあの帳簿のどこに不審な点があるのかを考えていた。
水は、水道水ではなく、富士山麓天然水を使っている。タダ同然で良いものを、わざわざお金を掛けているのだが、イーグル宅配便の好意で、運送費しかかかっていない。運賃も適正で、スープの味を保つには必要だろう。一杯25円程かかっているのだが、むしろこれは安いといえる。
塩は、離島で南太平洋のエキスがたっぷり含まれている、一年中強い日差しで天日干しされた砦島の天然塩だ。月一度位のペースで30キロ詰めの袋が送られてくる。値段もかなり張るが、一杯あたりに直せば1円位で、問題はない。
「あの、鳴人さん?」
「…え?」
考えに集中して、つい、れんげちゃんの声を聞き漏らしていたらしい。
「ゴメン、なに?」
「いえ、あの、帳簿つけるのって、大変、なんです、よね?」
ちょっと不安そうな、れんげちゃんの顔。
「まあ、慣れていない人にはね」
「…鳴人さんは?」
「俺?俺の実家、地方でスーパー経営しているんだ。ガキの頃から、店の手伝いさせられていてさ。帳簿付けは、随分やらされたよ。事務員雇うの勿体ないってね」
「そうなんですか…」
なかば、納得したような。
なかば、俯き加減な。
そんな彼女の反応だった。
そうだよ、れんげちゃん。
俺、近いうちにきっとゴマカシを見つけてしまうよ。
だから。
今のうちに、自分のしていたことを洗いざらい言っちゃった方がいいよ。
親父には、黙っておいてもいいし、なんなら巧くごまかしといてもいいよ。
今の来々軒の繁盛振りは、やはり君の働きが大きいんだから。
でも、不正はいけない。
俺は、君の事も好きだけど、親父の事も気に入っているんだ。
あのやる気のなさそうな親父の変貌振りに、今の俺自身を重ね合わせているから。
でも。
れんげちゃんは、それ以上はなにも言わなかった。
なんとなく気まずい雰囲気のまま、歩いているだけだった。
犯人は、れんげちゃんしかいない。
親父は絶対に無関係。
俺も同様に、無関係。
消去法を使うまでも、無いですね。




