42 れんげちゃん、ナイスタイミングだよ
新章開始。
三世代前のパソコンで、会計ソフトがキチンと動かせる時代でした。
NECがまだ市場で天下を謳歌していた時代の事です。
来々軒繫盛記は、そういう時代のお話です。
…道理で、人気が出ない(略)
翌日の定休日。
俺は、中古専門のパソコンショップを覗いて、三世代前のパソコン一式を揃えた。
アパートに届けて貰うように手続きして、大学に向かう。
どうせ冬休み前で、色々と手続きもあるそのついでだ。
経理部を選択している学生には、大学で作った教習用の会計ソフトが支給される。
規格の表計算ソフトとも互換性のある優れ物だ。
しばらくは、コイツで充分間に合うはずだ。
親父の住んでいるアパートに、伝票やなにやらを受け取りに寄る。
予想通り、俺の住んでいるアパートと大差ない造りではある。
以前の来々軒の収益なら、そんな大層な所には住めないはずだから。
それでも、親父の心底嬉しそうな顔を見ると、まんざら悪い気もしない。
まあ、本格的にやるかどうかは別にして、俺自身、大学の授業を実践できる機会に恵まれた事は確かでもあるし。
「じゃあ、とにかくやるだけやってみますので」
「うん、よろしく頼むよ」
手を振って、俺はスクーターを走らせた。
部屋に戻って、伝票の袋を仕分ける。
一昨年、去年、そして今年の分と、一応、袋を分けておいてくれている。
今年の分は、明らかに多い。
前の二期の、軽く十倍はある。
とにかく、一年毎に伝票や領収書を仕分ける。
前の分は、枚数自体がそれほどないので、かなり楽に終わった。
今年の分、それもれんげちゃんが来た後から、伝票の枚数も、勘定科目も飛躍的に増えている。
俺は神経を集中させながら、部屋中に伝票の山を仕訳していった。
しばらくすると、宅配便で荷物が届けられて来た。
随分速い。
さぞかしサービスのいい所だろうな、と思ったら、案の定「イーグル宅配便」だった。
しかも、例の“ナベさん”が届けにきたのだ。
「毎度様です。宅配便です」
「あ、どうも。そこに置いといて」
配達員、仕事中なのに、俺の顔を睨み付ける。
「今度は、何をして取り入るつもりだ?」
「あのねえ、アンタ、仕事中でしょ?そういう口の利き方をお客にしてもいいわけ?」
「オマエには、いいんだよ!」
「あのお…“そうなんですか?”」
後ろから、おずおず、といった風に、聞こえる可愛い声。
れんげちゃんだ。
今日は髪の毛をお団子にしないで、両側にしばって垂らしている。
まるでウサギの耳みたいで、なんとも可愛い。
「あ、いや、その、し、失礼しますっ!」
配達員、大慌てで逃げ出そうとする。
「ちょっと、ハンコ、ハンコッ!」
「あ、いや、その、す、スイマセンッ!」
もったいぶってハンコを押してやると、ありがたそうに伝票を受け取って、大急ぎでアパートの階段を駆け降りていった。
「…忙しい人ですね」
「うん、そうだね」
まったく、れんげちゃん、ナイスタイミングだよ。
お店で働いている時と同じ、そういう「天性」に恵まれているのかもな。
「で、どうしたの?」
「いえ、帳簿付けるの、なにか手伝えないかな、って思って」
「ええっ?」
手伝って、くれるって?
れんげちゃんが?
いや、彼女、確かに手抜きしない性格だけど。
それでも、こういう細かい事は苦手とか言ってたし。
それが、そんな勿体ないお言葉を頂けるなんて。
しかし、ふと俺の脳裏を掠める記憶があった。
確か、れんげちゃんがこのアパートに引っ越して来た時。
俺が荷物を運ぶのを手伝おうとした時、れんげちゃん、やんわりと断ってたよな。
そうだよ、部外者が、そういうことするの、れんげちゃんは嫌うはずで。
いやしかし、れんげちゃんは部外者じゃないわけで。
そういう所は、男の度量を見せなければならないわけで。
うん、そうすべき、そうすべきで…
「あのお…」
「あ、い、いや、大歓迎だよ!…その、ちょ、ちょっと待って…」
そういえば、嬉しい事は嬉しいんだけど。
俺の部屋って、女の子をお招きした事、まだ一度も無いんだよね。
伝票を散らかしているのは、仕方ないとしても。
あちこちゴミやら雑誌やらが散らかってるし、台所もこのところの忙しさでかまけてないし、男物の下着とか服とか、脱ぎ散らかしてるし。
うわぁ、とてもれんげちゃんをお招きできるような雰囲気じゃないよ。
「あ、いえ、わたし、別にそういうの、平気ですよ」
うわ、コラコラ、勝手に上がらないでっ!
「あああ、ちょっと待ってっ!」
あわてて玄関に行こうとして、なにかのコードに足が引っかかった。
「うわあっ!」
「キャアッ!」
転びそうになって、慌てて手を前に出したその先に、れんげちゃんの胸があって。
そのまま彼女を抱きしめる格好で、二人してひっくり返ってしまった。
…れんげちゃん、細いのに、あったかくて柔らかい…
…あのぉ…
…この胸の感触が、またなんとも…
…あのぉ、なるとさん?…
…はいはい、なるとですよ…
…おもい、んですけど…
…はいはい、おもいですね…
…重い?
「…あ、ご、ごめんッ!」
ぼおっとしていた頭が、急にシャキッとなる。
俺の体の下で、れんげちゃんがもがいている。
大慌てで起き上がったその下で、れんげちゃんが心配そうに見ている。
「大丈夫ですか?!どこか、打ったんじゃ…」
確かに、頭がズキズキする。
柱のヘリに、ぶつけたらしい。血は出てないようだが、代わりにコブができている。
「いやあ、たいしたことないよ。それより、れんげちゃんこそゴメンネ、大丈夫だった?」
「わたしは平気です。体だけは、丈夫に出来てるんですよ。ほら」
右腕をギュッと持ち上げてみせて。
なんとも華奢で可愛らしい力こぶを、作って見せてくれた。
転びそうになって、彼女を抱きしめながら倒れ込む。
ベッタベタな展開じゃないですか。
ベッタベタ、大好きです。大好物と言ってもイイ。
これぞ創作の醍醐味というか、こうでなくちゃイケマセン。こうあるべきなんです!
何を力んでいるんだ、おれ…




