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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第8章 恋のライバル、吟味する彼女、親父の過去

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40 もう、酔っちまったのかい?

 恒例の、親父との飲み会。

 うん、俺、親父さんとイイ感じだよな。

 あの配達員め、どうだ、お前なんかお呼びじゃないんだゾ。

「あー、鳴人君は、どうして今の大学に入ったんだ?」

 親父、コップ一杯で顔が真っ赤だ。

 ほんと、経済的な体質だよなあ。

「いや、別にどうという目的じゃなくって。ただの滑り止めだったんスよ」

 親父相手に格好付けてもしょうがないので、俺はあるがままを話した。

 以前の俺なら、自分のそういう事は誰にも話さなかったはずだが。

「そっか?でも、せっかくの商業大学なんだから、なにかと役には立つだろう?」

「イヤ、別にそういう事しようと思って入ったわけじゃなかったですから」

「フウン…」

 親父は意外そうに頷くと、俺のコップにビールを継ぎ足してくれた。

 お返しに、注ぎ返してやる。

 れんげちゃんは早々に洗い物を終えると、外に行ってバーナーの掃除を始めた。

 手伝おうかと声を掛けたのだが、一人で出来るから良いのだそうだ。

 普段はやらないのだが、俺が入ったので自分の手が開いているから構わないとか言っていた。

 いや、れんげちゃんの「普段はやらない」の言葉を、鵜呑みには出来ない。

 俺とは、考える基準が違うからな。

 ほんと、将来いい嫁さんになれるよ。

 …誰の?

 …俺の?

 クク、クククク…

「もう、酔っちまったのかい?」

 思い出し笑いしていた俺を、怪訝そうに見ている親父。

 おっと、いけない。れんげちゃんが外に行ってるから、油断してしまった。

「い、いえ、違うんです。今朝、配達員がれんげちゃんに変な事聞いてたんで…」

「なんだい?色目でも、使ってたとか?」

「ハハハ、近いですけど。れんげちゃんが親父さんの事“マスター”って呼ぶのが変だって言ってたんで」

 そうだよ。あの兄ちゃん、客として店に来る事はあっても、こうして親父さんと、れんげちゃんの父親と酒を酌み交わす機会なんてないだろ。

 ざまあみろだ。

「そっか、そっかなあ。やっぱり傍目からは“変”か?」

「うわあ、その言い方、れんげちゃんに似てますよ。やっぱり“親子”だなあ」

「…そっか、鳴人君も、そう思うか?」

「いやいや、俺は別に自然だと思いますよ。俺もあんな可愛い娘から“マスター”なんて呼ばれてみたいっす」

「ブハハハッ!」

 思わず、といった風に親父が吹き出した。

 よかった、言ってからちょっと調子に乗り過ぎたかなとか思ったけど。

「オマエみたいな若造に大事な娘をオモチャにされてたまるかっ!」とか言われると、一瞬思ったけど。

 どうも、思った事をすぐに口にしてしまうこの性格は、いつか直さないとな…

「…ところで、鳴人君、冬休みいつから?」

「あ、明後日からです。だから、しばらくは毎日出られますよ」

「そっか、そりゃ助かるけど、どっか遊びに行きたいとかいう予定はないのかい?」

「いや、全然ないです。普通の大学生はそういうものかもしれませんけど」

「そうか。遊べるうちは、遊んでおいた方がいいんだぞ。あっしなんか、若い頃からラーメンしか作って来なかったから、他の事は何にも出来ないでいるよ。せいぜい、こうして酒を飲む位しか、楽しみもないなあ…」

 そんな、シミジミしなくたって。

「俺で良ければ、いつでも付き合いますよ」

「ハハハ、ありがとう。鳴人くんは優しいネェ。

 …あっしは、ラーメンしか作れないからなぁ。他に出来ることなどないんだヨ」

「いや、そんな」

「なあに、本当さ。本当のことサ。

 …あっしも、昔は女房と二人でラーメン屋を切り盛りしていたんだ。

 そりゃあ、一生懸命働いていたよ。

 でもな、女房、常連の一人と浮気しちまってな」

 へええ…

 親父らしいといえば、らしいけど。

「それで?」

「まあ、当然女房は、あっしと別れて欲しいと切り出してくるわな。

 …あっしも、引き止めなかった。

 引き止められなかった。

 だってそうだろ?

 お互い、まだ若いんだ。嫌だってものを、引き止めておけない、おけないヨ。

 いや別に、鳴人君の事を言ってるんじゃないよ。そんなつもりじゃないからナ」

「いっすよ。そんなの判ってますって。俺、ここのラーメン好きだし、親父さんの事も尊敬してますから。

 で、それからどうしたんです?」

 まったく、変な事に気を回すよなあ、親父。

「ハハハ、すまんネ、余計な事だった。

 …それ以来、かねえ、店が寂れ始めたのは。

 あっしも、どうも、体の中の芯ってヤツが、こう、一本抜け落ちた風になっちまってねエ。

 どうしても、そういうのは味に出ちまう。出ちまうもんさ。

 そういう訳で、店を潰しちまった訳さ」

「じゃあ、この店は?来々軒は?」

「ハハ…」

 親父は、乾いた声で笑うと、ビールで喉を潤した。

 目が、赤く潤んでいる。

「やる気もないし、店は潰すし。

 …もう、どうでもいいと思った。思ったんだよ。

 それでも、あっしには、ラーメンしかない。ラーメンしか、作れないから。

 店賃がうんと安い此処にもう一度、借り物の店を構えたのさ。

 そして、今までずっと、細々とラーメンを作り続けていたんだ。

 …元の店の名前“来々軒”だけは、昔のままだな。

 女房と二人で、考えたんだ。

 親しみが持てる、いつでも気軽に暖簾をくぐれる、そんなアイのあるラーメンを二人で作ろう、ってな。

 だから“来”“来”軒なのさ。

 二人で、そうさ、二人で、おいで、おいで、と手を振っているんだよ」

 へええ…

 来々軒の名前に、そんな由来があったなんて。

 じゃあ、値段を抑えているのも、その為なのか。

 昔ながらの、そのスタイルを守り通しながら、細々と商いを続けていたのか。

 そんな来々軒に、俺は通い続けていたのか。

 “不味い”“不味い”と思いながらも…

 来々軒の昔話。

 女房に浮気されて、そのまま離婚して。

 でも、ラーメンしか作れないから、移転して細々と商売を続けてきた。


 じゃあ、れんげちゃんは奥さんとの子供で、離婚した時に親権を奥さんに取られちゃったのか?

 浮気されて、子供の親権も取られて、気が抜けた状態で細々と食いつないできた。

 そんな店に、俺は通い続けてきたのか…

 道理でマズいラーメンだった訳だな。

 


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