112 きちんと結果を見に来ますからね
相変わらず、客入りが薄かった来々軒だが、仕込みを調整しているので、麵やスープ、具材が大きく余ることは、もうない。
それはそれで寂しいと思うのだが、もう、そういうことにこだわるのは止めている。
そして、営業終了の夜。
示し合わせていたのか、待ち合わせなのか。
信金野郎、根岸と、イーグル配送便の、ナベさんが、一緒に店にやって来た。
「さ、どんな修行をして来たのか知りませんが、麺を茹でて頂きましょう」
なんでお前が威張ってるんだ?
ただの食い逃げ野郎のくせに。
「謝るなら、今の内だぜ?」
だからナベよ、お前は何の関係も無いだろう?
そんな風に幾ら煽られたって、俺は俺のできる事をヤルだけだ。
いつも通り、お湯が煮えたぎった大きな寸胴鍋に、人数分の麺を投入していく。
麺の様子を見つつ、手はドンブリを並べて、塩味の調味スープを入れていく。
そこで、手を止める。
まだ、少しだけ、早い。
ふと目を上げて、信金野郎やナベが俺を睨んでいるのを確認する。
その横で、れんげちゃんや親父さんが、俺を見つめている。
ふと、息を吐き、肩の力を抜いた。
一旦、鍋の底に沈んでいった麺が、浮かび上がるそぶりを見せた時。
メインスープをドンブリに注いでいく。
これは、焦らなくてもいいけど、手早く行う必要がある。
人数分を注ぎ終えたタイミングで、大鍋の表面で、麺の花が開いていった時(れんげちゃん、うまいことを言うと思う。最初はさっぱり分からなかったけど)、平ザルで、そこから掬い取るように麺を揚げた。
湯切りは、派手じゃなくていい。手首のステップを利かせて、素早く、そして丁寧に2回振る。
チャッ、チャッ…
程よく固まった麺を、平ザルから滑り込ませるようにドンブリの中へ。
一杯目、二杯目…
次々に浮かんでくる麺を掬い上げては、ドンブリの中に流し込んでいく。
今回は、麺の茹で方を見るだけだから、具は入れない。
「ヘイ、塩ラーメン四丁、お待ちッ!」
手が止まり、自然に声が出た。
そのまま、根岸さんやナベさんを見つめる。
今、この時、彼らは俺の客になった。
親父やれんげちゃんも、俺の客だ。
客は、ラーメンで、もてなさなければならない。
それが、来々軒の、ラーメンというものだから。
根岸が、れんげちゃんの運ぶドンブリを手に取って、何やら眺めまわしている。
いいから、早く食えよ。もったい付けるなよ。
ナベさんも、なぜか俺を睨みつけたまま、食べようとしない。
いいから、お前も早く食えよ。
親父さん、出されたラーメンを、何のためらいもなく啜り始めた。
その横で、れんげちゃんも一緒に啜り始める。
二人で見つめ合い、頷き合う。
その様子を見つめていた根岸、ようやく、麺を啜り始めた。
ナベさんも、同じように食べ始める。
4人が麺を啜る音が、客のいない静かな店内に、静かに響いていた。
プハァ…
満足した、完食した声を、音を。
俺は、久しぶりに聞いた気がする。
俺の、俺自身の、来々軒のラーメン。
客のためじゃない、俺のための、俺しか出来ない、来々軒のラーメン。
ただ。
これで、いいのか、親父?
これは、親父の、アイのあるラーメンじゃ、ないんだぞ?
「鳴人君。君は、あっしが見込んだだけの男だヨ」
「鳴人さん、これは、来々軒のラーメンです…」
そう言ってくれるのは、分かってる。
ずっと、そうやって俺の事を励ましてくれた二人だから。
でも、本当に納得させなければならないのは、根岸やナベさんの方なんだ。
親父の作るラーメンの味が好きで、通ってくれていたお客さんたち。
この人たちを納得させるだけの腕を、気持ちを、アイを、俺は持っていないという自覚は、ある。
それでも、俺はここのラーメンが好きだから。
来々軒のラーメンが大好きだから。
こうして、平ザルを振るっているんだ。
「腕を上げたね、鳴人君」
根岸が、俺をじっと見つめて、そんな事を言い出した。
「お前、何をやったんだ?」
ナベさんが、お前インチキしてるだろうとでも言いたげな顔で、俺を睨みつける。
でもまあ、とりあえずは納得してくれたみたいでは、あるな。
いや、言いたい事は判る。
その気持ちはよく分かるんだ。
俺も、麺茹でがそこまで上手くなったという自覚は、無い。
ただ、自分なりに茹でているだけ、自分のタイミングで茹でているだけの話だからな。
「ただ、これを営業中に同じペース、同じ味で出し続けられるかは、別の話ですよ」
根岸、今度は親父をじっと見る。
「はん、鳴人君はあっしが見込んだ男だゾ? 出来るに決まってるだろ」
「分かりました。試験は半分合格ですが、もう少し様子を見させて貰いますよ」
おいおい、なんか根岸、勝手に話をまとめてるぞ。
「様子って?」
「以前のような行列とは言いませんが、昼夜の営業で合計四百杯、きっちり捌けるようでしたら、無利子無担保で一千万、お貸しいたしましょう。捌ける量が減るという事は、返済ができないというようなものですからね」
「ああ、いいとも。賭けはもう勝ったも同然だからネ」
何で親父、勝ち誇った顔してるんだ?
対照的に、悔しそうな根岸。これって、負け惜しみレベルなのか?
「きちんと結果を見に来ますからね」
捨て台詞を残して、根岸とナベは帰っていった。




