1010.一縷の希望
「ああ……! 元帥の顔色……また悪く……! なんで……!」
ピアーの言う通り、黒髪の少年キラの容体は悪くなるばかりだった。呼吸は安定しているものの、どんどんと顔から血の気が引いていく。
それもそのはずで、〝治癒の魔法〟が全く効いていない。
ミリーが応急手当てしなければ止血もままならないほど。痛々しい傷は、いまだに全身に残っている。
なんで。何か手立ては。他に魔法を。
焦りと言葉だけが、コルニーの中でループする。これほどに何もできないのかと、無力感が虚無感を呼び込み……。
「キ、キラさんは、〝治癒〟がかかりにくい体質って聞いたから……! きっと、間違ってない……から、諦めないでっ」
ミリーの声かけで、なんとか脱力せずに済んだ。
戦うことはもちろん、〝治癒の魔法〟も使えない彼女の方が、焦りも無力感も大きいはずなのに……それでも、現状から目を逸らさず、冷静さも失っていなかった。
まだ十二歳。だがれっきとした女傑。
そんな彼女に支えられては、腐ってはいられない。
「わかった。折れるとこだった……ありがと」
コルニーはそうやって言葉にしてから、〝治癒の魔法〟をかけ直しつつ、戦場をしっかりと眼にする。
戦況は悪くなるばかりだった。
先ほどの恐ろしい怒声をあげた大男の元には、〝元帥代理〟リーウが盾部隊三人と共に向かった。
〝消失の魔法〟を中心に立ち回りながら、なんとか抑え込んでいる。
一方、〝魔王〟はもう止める手立てがない。
魔法部隊によって三ツ頭の大蛇はなんとか対峙できた。
盾部隊を中心として、〝煽り手〟が指示を繰り出し、集団戦で押さえ込もうとはしている。
だが、〝魔王〟と張り合えるほどの剣士がいない。
ユーデールとラナークとセルカークでその役割を担っていたが、耐えきれずにやられてしまった。死んではないようだが、戦線復帰は不可能。
そのうえ――。
「ねえ……。なんか……霧が出てない……?」
「え……?」
〝魔王〟の優勢を固めるかのように、増援が現れた。
地面を這うような濃い霧が騎士たちを惑わし、ついで幾つもの悲鳴が聞こえる。
さらには爆発音も轟き……煙が晴れると、あっけなくも全員が倒れていた。その代わりに立つのは、五人のエルフ。
「なんじゃ……。帰っとけと言うたろうに」
「っるせエ! 黒髪に借り返さなきゃアよオ……傷が疼いてしかたねエ!」
「同意ぃ〜……。失くなった腕の分はよぉ〜……キッチリ責任取ってもらわねぇとよぉ」
「フン……。戦闘狂は大変ね。治してもらった方が早いでしょうに。アタシは、もうよく目が見えるわよ」
「humm……」
不意打ちとはいえ、たかだか十数秒で、〝元帥代理〟も含む三十人余りの騎士たちが無力化された。
その事実を、コルニーは受け止めきれなかった。
「アア〜……? アア! いんじゃねエか!」
「声がでかい……。何もするでないぞ。わしの獲物じゃ……こやつには聞かねばならんことが山ほどある」
「ケッ……」
目をかっ開く大男を制し、〝魔王〟が近づいてくる。
あまりにも恐ろしい光景に、コルニーはぴくりとも動くことができなかった。キラを庇って喚くことも、ピアーとミリーに警告することも、頭から消える。
一縷の希望はもちろん、絶望すら浮かばなかった。
「そう心配せんでも、取って食ったりはせん。――と、説得しとる場合ではないのう」
そんな時。
キラの言っていた〝五分〟がやってきた。
「全員、退避じゃ!」
「――あなたは、逃しませんわよ」
一体、何が起きたのか。コルニーには理解できなかった。
ただ……。空から何かが降り注いだこと。大男たちがうめきながら後退していくこと。
そして、〝魔王〟が回避行動に移る前に、〝元帥〟リリィ・エルトリアが現れたことだけは、なんとか把握できた。
「ちぃ……!」
「おや。力勝負ですか。――望むところ」
〝魔王〟が大剣を握り締め、振り切る。
同じく、〝元帥〟リリィも白銀の剣を振るう――だけでなく、弾いてしまう。
テクニックでいなすのでもなく、スピード勝負で手早く制するのでもなく。
正々堂々、真正面から、ものの見事に。
力勝負を制したのである。
〝魔王〟の姿勢が、完全に崩れる。
「まずい……!」
〝魔王〟もタダではやられない。力負けしたことで目を見開いていたが、足捌きで姿勢を立て直し、後退を試みる。
だがそれを、リリィ・エルトリアが許さない。
「〝ルージュ・ブレス〟!」
剣の代わりに突き出された左の掌から、〝紅の炎〟が吹き荒れる。
目の前にあるもの全てを焼き払う勢いで。〝魔王〟だけでなく、その増援四人をも標的としていた。
「はっ、バカが! 味方も巻き込んじまうってのによオ!」
「バカはお前じゃ! こっちこい!」




