1006.満身創痍
「――頭回ってないって? それァお互い様でしょ、魔王サマ」
「……ッ!」
空には、いつの間にか黒い雲がかかっていた。
〝バレット・ビット〟の全砲門がビームを撃ち出すその瞬間、ドス黒い雲の内側が怪しく瞬き――〝雷〟を落とす。
雷光が蛇行しながら鋭くキラの元へ舞い降り、遅れて爆音を轟かせた。
そうやって、二十のレーザーも、〝バレット・ビット〟も、〝魔王〟シャーロットも、まとめて吹き飛ばしてしまった。
〝元帥〟キラは、魔王が一気に畳み掛けてくるその時こそを、待ち望んでいたのだ。
「キラ様……!」
左半身を焼かれた〝魔王〟はたまらず空中へと避難し、〝バレット・ビット〟を引き寄せる。
その間に、今度こそリーウが駆けつけ、三十余りの騎士たちがその周りを守りに入る。
もちろん、コルニーもピアーもミリーも、黒髪の少年のそばに駆け寄る。
「ぜぇ……ぜぇ……。は……も……むり」
「ご無事で何よりです。キラ様」
そうはいっても、キラは全身傷だらけだった。
遠目からではわからなかった切り傷や火傷でまみれている。〝魔王〟の剣を受け切った左腕は深い傷が刻まれ、ひどく出血している。
だが何より恐ろしかったのは、キラの呼吸の速さ。
尋常では無いほど、息が荒い。心臓の音が聞こえてきそうなほどに、胸が絶えず上下している。そのままでは爆発しそうだった。
「……! ま、まず、血を……止血……っ!」
コルニーが〝治癒の魔法〟の準備に入ったところ、キラがわずかに首を振った。
「これ……。これ……のませて」
キラが右腕をモゾモゾと動かし、ポーチを探った。緩慢な動きで取り出したのは、茶色い小瓶。
リーウは一瞬で意図を汲み取ったのか、素早くその小瓶を受け取った。
「一錠でよろしいでしょうか?」
「ん……」
「口移しで失礼します。この状況で〝錯覚系統〟はかけられませんので……少し苦しいですが、我慢を」
「ん……」
リーウは小瓶から薬らしい錠剤を一つ取ると、自分の口に含んだ。それから指をくるりと回してから、魔法で水の塊を作り出す。
その水に口をつけて、頬が膨らむくらいに大量にため込む。
そうして迷わず、しかし慎重に、キラの唇を塞いだ。水と一緒に錠剤を流し込む。
おそらく、魔法を使って水を操っているのだろう。口に移すだけでなく、喉の奥から胃に届くまで、水で錠剤を押し込んでいく。
その苦しさがどれほどのものか。ましてや、今の今まで荒い呼吸をしていたのだ。キラの体が反射的に抵抗を始める。
「お、抑えるぞっ」
リーウが失敗しないように。キラがこれ以上消耗しないように。コルニーはピアーとミリーとともに、脚と右腕と左腕を体全部で押さえ込んだ。
「――。三人とも、ありがとうございます」
リーウが名残惜しそうに唇を離すと、キラは再び呼吸を荒くした。
しかし、先ほどまでの不安になりそうな荒さはなく、胸の上下運動も少しずつおさまっていく。
何が何だかわからなかったが、コルニーは改めて〝治癒の魔法〟の準備に入った。騎士学校で習い、今日も実際に何度も怪我人に使ったとはいえ、慎重に呪文を口ずさむ。
ピアーも同じようにして〝治癒の魔法〟を使い、魔法が苦手なミリーは、先んじて傷口の周りについた土や草や泥を取り除いていく。
「リーウ……。とりあえず……要点だけ……」
「はい」
「警戒するのは……。〝百門詠唱〟……。百の多重詠唱で……〝転移〟と〝不可視〟も併用してくるから……」
「……!」
その話にコルニーはぎょっとした。いまだに動きを見せない魔王の様子が気になったが、それを確認するのも恐ろしくなり……キラの治療に集中する。
「ただ……。〝雷〟を何度か流したから……まだ魔法は使いづらい、はず……。連携力は削いだと思う……。あとあの兵器も……。ただ……近接戦はリリィクラスだから……」
「わかりました。注意しておきます」
「で……。魔王……再生する……。殺しきれないと思う……」
「――は?」
その事実が、この状況において、どれほど重いか。
周りで守りを固めていた騎士たちも、その一言にざわりとする。〝元帥〟が一体何に苦しめられていたのか……改めて、わからなくなっていた。
「なんだよ……。それ……!」
「そんな……そんなの、どうやって……っ」
「元帥でもかなわなかったのに……」
騎士たちの間に広がる不安が、絶望へと塗り替えられていく。下級騎士から上級騎士まで揃っているが……誰もが、怖気付いていた。
そんな状況なのに、コルニーは〝治癒の魔法〟に集中する以外できなかった。
何か声を掛けられればと思いはするものの、口の中がカラカラになるばかり。それ以前に、〝見習い〟の発破になど誰も耳を傾けない。
いつもはお調子者のピアーもおろおろとするばかりで、ミリーなどは泣きそうになっていた。
「五分……五分、だけ……」
今にも消え入りそうなキラの呟きは、誰にも届いてなかっただろう。
コルニーも最初はうまく聞き取れず、何を言ったのかさっぱりだった。聞き返そうにも、キラはすでにくうすかと眠りについていた。




