言い出しっぺなので、拒否はできませんでしたーー僅かな違和感と全力疾走
「何者だ」
「僕ですよ」
歩いてきたのはクラウスだった
いつもの燕尾服ではなく、ラフなシャツ姿だ
武器を持っていないと示しているのか両手を持ち上げて晒しながら近づいてくる
「なんだ、坊主か」
イーサンが剣から手を離す。クラウスはどうやらイーサンとも仲良くやっているようだ
それにしても、名前じゃなくて坊主って呼ばれてるのか
「こんばんわ、お嬢様、イーサン隊長、何かありましたか?」
イーサンさんとは呼ばないんだ。語呂が悪いからどうするんだろうと心の中で思っていたというのに
「ちょうどいい、坊主、お嬢様が散歩されたいそうだ。護衛してくれよ」
「はい、わかりました」
おい!いいよもう!何かいそうだから行くのやめとこうと私の中で結論が出てるんだよ!
「え、もう…」
「さぁ、お嬢様、行きましょうか」
反論する前にクラウスは承認してしまうし、イーサンは楽しそうにニコニコとこちらを見てきている。元はと言えば私が言い出したことだし、断りにくい
「……はい、いきましょう」
頷くしかなかった
ーーーーー
あまり遠くまで行かないことを条件に2人でテントから少し離れたところまで歩いてきた
別に何もない、ただの草原である
森ではないので視界を遮るものはなく、一面に広がる原っぱという感じだ。一応道なりに歩いてきているけど、面白いものも何もない
何を話していいか分からなかったせいで道中はずっと無言である
別にやましいことは何もないけど、なんとなく気まずい雰囲気だ
最近思ったけど、私は自主的に話をしてくれるヴェントみたいなタイプとは一緒に入れるけど、自分から話をしないといけないリオンみたいなタイプが苦手みたい
別に嫌いじゃない(むしろ好き)だけど、多分私が何を話していいのかわからないからだろうな
何を話してもいいんだろうけど、共通の話題とかがないと困ってしまう
私の前を歩くクラウスの後ろをついていくような形でしか進めない
クラウスもクラウスでなんでか知らないけど今日は無口だ
空気も読めるし人当たりもいい彼なら、私が気まずくならないように話しかけてくれてもおかしくないのに…夜も遅いから眠いのかな。しっかりしてるといっても7歳、夜も遅けりゃ眠たいか
私と違ってペイジの仕事もあるもんね
寝やすいといってもベッドじゃなくてテントでの宿泊が続いているわけだし…そう思うと、こうして休む時間を減らしてまで散歩に付き合ってもらうのが申し訳なくなる
「あの、クラウス」
「はい、なんですか?」
私が声をかけるとクラウスは返事をしたが、歩みは止めず前を進み続ける
「その…ごめんなさい」
「…何がですか?」
前を歩いているのでクラウスが立ち止まらない限り顔を合わせることはない。一方的に背中に話しかけるような形で会話が続いていく
「やすんでいるところだったのに、こうしてつれだしてしまって…つかれてるでしょ?」
「…どうぞ、おきになさらずに」
会話が終わってしまった
どうにも素っ気ない。何かしてしまっただろうか
……考えても思い当たる節がない。誘拐事件の後から2人でゆっくり話す時間はなかったけど、クラウスがそんなに怒るような事はなかった気がするし…そもそも、クラウスって怒るのかな。いつも飄々としてるから怒ってるのが想像つきにくい
ああ、違う違う。今考えてるのはクラウスが何か怒ってるかだ
でも、怒ってるならすぐに何か言ってきそうなものだよな。別に今更私に言うのを遠慮したりしなさそうだし
うん?あれ?そういえば
「ねえ、クラウス」
「はい、なんですか?」
私は足を止める
数歩進んだところでクラウスも立ち止まる
「どうして、さっきから話しかたがいつもとちがうの?」
だって、クラウスは、私と2人で話すときには敬語は使わないもの
「…なんのことですか?」
「…あなた、ほんとうにクラウス?」
ジリっと片足を後ろに引く
よくよく考えると、散歩というにはテントから離れ過ぎてしまっている
「…クラウスですよ。クラウス・ホロスコープ。お嬢様もご存知でしょう?」
クラウスが振り返る
ニッコリ、口元を緩めて笑みを浮かべているけれど、私はその笑顔に薄寒いものを感じてしまう
こいつは、クラウスじゃない
クラウスと長い付き合いというわけじゃない。でも、少しくらいならクラウスのことも分かってるつもりだ。だから、目の前のこのクラウスの姿をしたこいつが誰かはわからないけど、クラウスじゃないことだけは確信してしまった
「クラウスというのなら、いつもみたいによんでよ」
確信してる。でも、確認したい
「…変なことを言うね、お嬢様」
ほら、ね、違った
話し方を指摘したから口調を変えてきているけど、呼び方は変わってない。間違いなく、別の人物だ
どういう小細工を使ってクラウスの姿をしているのか知らないけど、危険なことは確実だ
私はくるりと身を翻ると元来た道を駆け出した
今はただ、この危険人物から逃げなくてはいけない
5歳児の脚力では心許ないけど、出来るだけ離れなくては
全力疾走していく私は逃げることを最優先にしていたので、クラウスの姿をしたその人物がそもそも私を追いかけてきていないことに気づかなかった
その人物が、呟いた
「残念、もう少しだったのに」
という言葉も、私の耳には届いていなかった




