091 アクア②
階段を降り切ると、まっすぐに長い通路が続いていた。
この先が『炎帝の祠』の中枢。女神の創った神造兵器と、それに封印された邪炎竜ガレスゴディアの魂が眠る場所だ。
「こいつは長いですなあ」
先頭に立つトムが持つ松明の明かりでは照らしきれないほど通路は長い。
ゲームでも三十秒くらい歩いたもんなぁ。
「行くぞ」
父上の掛け声とともに僕たちは通路を進んでいく。
その時だった。
「あれ?」
今、通路の先が光ったような……?
「ッ⁉ 伏せろッ!」
「おあ⁉」
何かを感じ取ったのか、父上が叫ぶ。
その瞬間、僕は後ろから襟を掴まれてアクアから落とされた。
何だと思った時には、僕を圧し潰すようにディアナが覆いかぶさってきた。
「うぷっ⁉」
ディアナの上に父上も覆いかぶさるように乗ってきて、僕の内臓が口から出そうなほどだ。
二人ともどうしてこんなことをするんだ⁉
そう思った時だった。急に辺りが明るくなる。そして、一気に気温が上がった。
肌がヒリヒリと火傷しそうなほどの熱風。
何事かと視線を動かせば、通路いっぱいに広がる赤い炎が見えた。
なんだこれ⁉
こんなトラップ、僕は知らないぞ⁉
『レインボー・ファンタジー』を千回クリアした僕でも初めての事態だ。
混乱する僕の目に映ったのは、僕たちを少しでも守ろうと腰を落として盾を構えるトムの姿。そして、身を挺して僕を守るために僕を圧し潰すようにのしかかる父上とディアナの姿だった。
「キース様、目を閉じて!」
その時、僕の顔を守るようにシンディーが僕の顔をお腹に抱きしめる。
みんなが身を挺して僕を守ろうとしている。
でも、このままではいけない!
僕は生き残れるかもしれないけど、みんなが死んでしまう!
僕は魔法を使おうとした瞬間、迫りくる炎の壁に対抗するように分厚い水の壁が展開されたのが辛うじてシンディーの服の隙間から見えた。
僕はまだ魔法を使っていない。
どういうことだ⁉
◇
アクアは走る。
迫りくる炎の壁目がけて、一生懸命に走る。
何がそこまでアクアを突き動かすのか?
アクアは今、家族のために走っているのだ。
その速度はお世辞にも速いとはいえないが、それでもアクアは懸命に走っていた。
アクアには難しいことはわからない。
しかし、今が危機的状況だということはわかっていた。
生まれたばかりのスライムだったアクアは、キースの水の魔力を得て、アクアスライムに進化した。
ただのスライムだった時には曖昧だった自我が、急速に確立していくのをアクアは感じたのだ。
まだ自我が確立する前はアクアにとって曖昧な記憶だが、常に何かに怯えていたのを覚えている。
アクロイド男爵領では最弱のモンスターであるスライム。生まれたてのスライムなど、他のモンスターにとっては格好の餌でしかない。
そんな時、ニンゲンに出会った。
ただのモンスター。それも大して強くないスライムだ。倒されてしまうのも覚悟した。
だが、キースは優しかった。
アクアを庇い、心地よい居場所をくれた。
それからアクアはキースをまるで親や兄のように慕い、今まで行動を共にしてきた。
アクアはキースが魔法を使う際、その魔力を掠め取ったりするが、それはいつも自分に乗ってくるキースへの運賃回収のような感覚だった。
まぁ、アクアにとってキースの魔力はおいしいので、我慢できないという側面があるのだが。
ついに、アクアの目の前に炎の壁が迫る。
その瞬間、アクアが驚くべき速度で巨大化していく。その大きさは十メートル以上に渡って通路を塞ぐほどだ。
そう。普段は小さくなっているが、アクアはキースの魔力を吸い続け、ビッグアクアスライムへと進化していたのだ。
本来の姿を取り戻したアクア。その体は多分に魔力を含んだ水で構成されており、火に強い。
さらにキースによってアクアヴェールの魔法のかけられたアクアの体を害する炎など存在しない。
普通ならば――――。
ジュオッと音を立てて、アクアの体が一瞬にして半分以上焼失する。
そう。これは普通の炎ではない。邪炎竜ガレスゴディアのファイアブレスなのだ。世界の管理を補佐する権限を持つ世界に七体しかいない原初のドラゴン。その力はアクアの想像を絶するものだった。自慢の体もキースのアクアヴェールの魔法もまるで通用しない。
だが、アクアは諦めない。
半分以下になってしまった体に全魔力集中させ、少しでも邪炎竜のファイアブレスに抗おうとする。
少しだけ、ファイアブレスの勢いが削がれた気がする。
しかし、そのためにアクアは九十パーセント以上の体を焼失していた。残ったのは、たった一メートルにも満たない水の壁だ。
これがアクアのすべてである。
もはや、どう見てもアクアは耐えられない。邪炎竜のファイアブレスに蒸発させられるだろう。
しかし、アクアは諦めない。
残り八十センチ、五十センチとみるみるアクアの体積が減っていく。
それでもアクアは諦めない。
残り三十センチ、十センチ。
もう普通のスライムよりも体積が少なくなってしまったかもしれない。
アクアの脳裏に浮かぶのは、アクロイド村での日々だ。アクアの生み出したアクアスライムたちは村人たちと仲良くしていた。
そのことがなぜだかとても尊いもののようにアクアは感じた。
もうアクアの体にはいくつも穴が開き、穴からは炎が漏れ、いつ蒸発してしまってもおかしくない状況だった。
それでもアクアは最期まで粘る。
だって――――。
「アクア!」
自分のことを決して見捨てない少年のことを知っているから。
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