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009 父親の頼みとハンドサイン

「キース、お前を男と見込んで頼みがある」


 両親に魔法を披露した次の日の朝。朝食の席で、父親がそう切り出した。


「あい?」

「あなた……?」


 クレアも事前に聞いていなかったのか、僕に薄い麦粥を飲ませようとしながら首を傾げていた。


「昨日、キースの魔法? いや、キースの力を見て思ったんだ」


 そう言って立ち上がる父親。大男である父親が立ち上がると圧迫感が半端ない。


 父親はそのまま後ろ手を組んで、窓の方へと向かった。窓といっても窓ガラスなどない。壁に四角く穴が開いており、それを木の戸で塞いでいるだけのものだ。


 窓の向こうでは朝日が地平線から顔を出していた。まだ朝も早い時間だということがわかる。


 だが、ちらほらと村人の姿が見えた。みんな貧相な格好をしており、農作業に精を出している。


 そして、父親が窓を全開にしてこちらを向いた。


「キース、賢いお前ならわかるだろう? この土地は乾き、痩せている」


 父親の言うことを証明するかのように乾いた風が窓から入ってきた。見れば、窓の向こうでは風に乗って砂が飛んでいる。まるで黄色い靄がかかったかのような砂嵐のみたいな光景だった。


「領地は高台にあるため、井戸を掘るのも一苦労だ。井戸水以外では、領内の水魔法を使える者たちの力によって民の生活に必要な水を用意している状態でしかない。領地の土壌改善まではなかなか水が回らなかった。しかし……!」


 そこで、父親が僕に手を伸ばす。


 え? 僕?


「昨日、キースの力を見て確信した。キースの力ならば、必ずや民の生活が向上し、土壌の改善もできるとな! そのために、キース! この父に力を貸してほしい!」

「あの、旦那様? ご立派な演説中失礼しますけど、キース坊ちゃまはまだ一歳にもならないのですよ? そんなことを言ってもわかっていただけるかどうか……」


 父親の演説を遮るように、アビーがやれやれと言わんばかりに額を手で押さえて溜息を吐いていた。


 アビーの言う通り、たしかに一歳にもならない赤ちゃんに期待するには大きすぎる課題だと思う。というか、普通は言葉も通じないと思うはずだ。


「まあ見ていろ。キースは頭がいいからな」


 だが、なぜか父親はドヤ顔でアビーにそう言って返す。


「もちろん、キースがやる気のある時だけで構わんぞ? それに、報酬もある。これだ!」


 そう言って父親が差し出したのは、木でできたおもちゃの剣だった。


「オレのお下がりで悪いが、こいつはゴブリンも倒した業物だぞ」


 うーん……。たしかに男の子に与えるなら喜びそうではあるけど、正直欲しいかと言われると……。


 僕は男の子というか、まだ赤ちゃんだし。


 ていうか、ゴブリンいるんだ。魔法もあるし、ずいぶんファンタジーな世界なんだなぁ。【レインボー・ファンタジー】にはいたんだけど、ドラゴンとかもいるんだろうか? ゲームだった心躍るけど、現実にドラゴンがいる世界とか怖すぎるんですけど……。


 父親は真剣な目で僕を見ている。


 父親が僕に提案したこと。それは両親のためになるだけではなく、村の人のためにもなるらしい。


 なら、僕に否はない。


 僕も早く両親のために役に立ちたかったからね。


 今さら言葉がわかることを隠さなくてもいいか。父親にはバレているみたいだし。


「ん!」


 僕は決意を持って頷いた。


「それでこそ、アクロイドの男だ!」


 父親は、僕に向かってその大きな拳を突き出した。


 これは何だろう?


「これはこの地方に伝わるハンドサインだ。まず拳同士で軽く三回叩き合う」

「ん!」


 僕は言われた通りに父親の拳に自分の拳を三回ぶつけた。


 それが終わると、今度は父親が拳を突き出したまま僕に言う。


「次は、オレの拳の上を叩くんだ。拳でな」

「あい!」

「今度はオレの番だ」


 ぺちっと父親の拳に拳を打ち下ろすと、今度は父親が僕の拳に下から拳を打ち付けてきた。


「そして最後、今度は拳を横にして、お互いの拳を打ち付け合う」

「てい!」


 ぺちっと親子の拳が打ち付け合う。


「いいぞ、キース! 今日からよろしくな!」

「あい!」


 父親は僕を肩に乗っけると、のっしのっしと玄関に向けて歩いて行く。


「あなた! わたくしも行きます!」

「驚きました。キース坊ちゃま……。本当に言葉がわかるんですね……。私も行きますよ!」


 そうして、家の者たち全員で外に出た。


「ぺくちっ!」


 玄関を出た瞬間、僕はくしゃみをしてしまった。なんだか目も痒い気がする。鼻水も出てきた。なんだか、前世で苦しまされた花粉症のような症状だ。まさか、今世でも花粉症に悩まされるのだろうか……?


「あなた、キースをわたくしに。キースにマスクをしましょう」

「ふむ。そうだな。それがよさそうだ」


 僕は父親の肩からクレアの腕の中へ。クレアがハンカチで即席のマスクを作ってくれた。


「たーい!」

「慣れていないと、砂にやられてしまいますからね」


 そう言って、クレアも首に巻いていたスカーフで鼻と口を覆った。

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