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008 マーク・アクロイド

 オレはマーク・アクロイド男爵だ。アクロイド男爵領を治める領主にして、クレアの夫であり、キースの父親でもある。


「はぁ……」


 そんなオレだが、今は精神的にどっぷりと疲れていた。


 その原因は、今はクレアの腕の中ですやすや眠っているキースだ。


 もうじきに一歳を迎える息子だが、今日はとんでもないことをしてくれた。


 なんと、魔法を使ったのだ。それも、まるでおとぎ話に出てくるような大魔法を。


 いや、あれは果たして本当に魔法だったのか?


 魔法といえば、決まった詠唱をすると、決まった効果を発動する現象のはずだ。あんな、何と言えばいいのか……。自由というか、荒唐無稽なものではないはず。もっとロジカルなものである。


 オレより魔法に詳しいはずのクレアもわからないと言っていた。


 オレの子どもはいったいどんな方法であんな景色を生み出してみせたのだろう?


「綺麗でしたね……」

「あぁ……」


 うっとりとした声をあげるクレアに同意する。


 たしかに、幻想的で美しい光景だった。


 夕日を浴びてキラキラと輝く水の世界。


 魚が泳いでいたということは、川や湖、もしくは海の光景だったのかもしれない。中にはどう見ても魚には見えないものまで泳いでいたので、おそらくキースの想像した世界なのだろう。


「最後には驚いてしまいましたけど」

「そうだな……」


 キースがラストに持ってきたもの。それは窓からこちらを覗き込むバケモノのように巨大な魚だった。もう窓いっぱいが巨大な魚の目だったんだ。最初は大き過ぎてそれが目だとは思わなかったくらいだ。


 そんな巨大な魚が夕日に向かって泳いでいく姿は、神秘的ですらあった。


 うん。あんな巨大な魚はいるわけがないので、やっぱりあの水の世界はキースの妄想なのだろう。


 あんな大きな魚がいたら、シーサーペントという海龍が食べてしまうだろうしな。オレも貴族院で海については勉強したんだ。アクロイド男爵領には、利用できないが海があるしな。


 どうにかして海を利用できる基盤を作りたいんだが……。どう考えても、オレ一人の代では終わらない長期的な事業になるだろうな。しかも、ウチにはそんな金も余分な人員もいない。


 なんとかならんものか……。


 その時、村の方がガヤガヤと騒がしくなっているのに気が付いた。


「あなた……」

「ああ」


 キースの最後の巨大魚は、窓の向こうに忽然と現れた。


 ということは、村人からもその姿が見えたはずだ。おそらく、村人たちがあの巨大魚を見て混乱しているのだろう。それを治めるのもオレの仕事だろうな。


「すみません、あなた……。お手数おかけします」


 クレアがキースの代わりに頭を下げた。だが、オレに怒る気持ちなんてこれっぽちもなかった。


「オレにはキースがどれほどすごいことをしたのか、本当の意味でわかってやれんかもしれん。だが、キースはオレたちにあんなに綺麗な景色を見せてくれたんだ。その礼だと思えばなんてことはないさ。では、行ってくる」


 オレはクレアに抱かれているキースの頭を撫でると、寝室を出た。


「旦那様! 村の者たちが、先ほど空飛ぶ巨大な魚を見たと大騒ぎしております! あれはドラゴンだと主張する者もおります! 何か悪いことが起こるのではないかと不安を叫ぶ者も――――」

「わかっている、アビー。オレは今から村の者たちにその説明をするつもりだ」

「何か知っておいでなのですか!?」


 アビーが目を見開いてオレを見上げてきた。今にもオレに掴みかからんばかりの勢いだ。ゴブリンが村に襲ってきても堂々としていたアビーには珍しく、どうやら怯えているらしい。


 まぁ、気持ちはわからんでもない。あんな巨大魚をいきなり見れば、恐怖を感じるのも自然なことだ。オレも気が付いたら剣を抜いてしまっていたしな。


「実はな、アビー。あれはキースが創ったんだ」

「キース坊ちゃまが!? もう! 今は冗談を言っている場合ではありませんよ!」

「本当なんだがなぁ……」


 アビーも信じてくれないとなると、これは村人を説得するのは大変かもなぁ。


 そうだ。明日からキースを屋敷の外に出してみるのはどうだろう。


 キースは魔法……いや、どういう原理なのかわからない手段で水を生み出し、操ることができる。もう言葉もある程度理解しているようだし、村人の前で水を生み出して、場合によってはあの巨大魚をもう一度村人たちの前で創ってもらえれば、村人たちの誤解も解けるに違いない。


 それに、このアクロイド男爵領は全体的に乾いた土地だ。水ならばいくらでも欲しいのが実状である。


 一度にあれだけの水を生み出せるキースの力は、絶対にアクロイド男爵領のためになる。


 まぁ、無理強いするのはかわいそうなので、なにかご褒美を用意しないといけないかもしれない。


「ふむ……。何がいいか……」


 自分が子どもだった時のことを思い出してみる。あの時は何が欲しかっただろうか?

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