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065 母上の趣味

「母上、失礼します」


 アクアがしゅるりと水の触手を伸ばして、寝室へのドアを開ける。


 僕はアクアに乗ったまま寝室に入ると、日当たりのいい場所で母上がこちらを向いてクスクスと笑っていた。


「どうしたんですか?」

「いえ、本当にキースはアクアが好きなんですね」

「大好きです!」


 つい大声で返してしまった。


 でも、アクアは冷たくてぷにぷにしてて、気持ちがいいんだ。この座り心地に慣れてしまったら、もう椅子には座れないよ。しかも、指示を出すだけで座ったまま動けるんだ。最高でしょ?


「母上は何をされていたんですか?」

「わたくしは刺繍をしていました。もう少しで完成です」


 母上が小さな子供服を広げてみせる。大きさ的に僕の服だろう。


 今、僕が着ている服にも細かな刺繍が施されている。ちょうど僕の胸元の位置だ。母上によると、病気や怪我を遠ざけてくれるお呪いらしい。そのおかげか、僕はこれまで大きな病気や怪我もなく健康である。魔法のある世界だし、もしかしたら、母上の刺繍のお呪いの効果かもしれないね。


「ありがとうございます、母上」

「いいえ。いいのですよ、わたくしが好きでやっていることですから」


 そう言って優しく微笑む母上。


 やっぱり、僕は母上の笑顔が好きだなぁ。母上には笑顔がとてもよく似合う。


 たしかに、母上は刺繍が好きなのかもしれない。でも、僕や父上の健康を願って刺繍していることは間違いないのだ。


 そんな母上の顔が心配そうに曇る。


「キースこそ大丈夫ですか? 毎日剣術の稽古をしていますし、先日は森にも行っていました。魔法の練習もそうですし、それにシンディーの授業もありますし……」


 母上は僕のことが心配らしい。


 たしかに、僕の生活は、五歳児の生活としては少々ハードかもしれない。普通の五歳児だったら、嫌がって泣いているかもしれないね。


 特に剣術の稽古とか。実戦とか。


 でも、僕に限っては大丈夫なんだなぁ。


 魔法の練習はむしろ遊びの延長線上だし、苦はないどころか楽しい。シンディーの授業も楽しい。


 そして、意外なこと剣術の稽古についても僕は楽しいと感じていた。元々僕は前世でも剣道をやっていない素人なのだけど、才能があったのか、それともアクロイドの血なのか、剣術がスルスルと成長して楽しいのだ。


 まぁ、生き物を大木剣で叩く感触は好きになれそうにないけどね。


 でも、剣術自体は好きだった。なんだろう。上手く言えないけど、大剣が手に吸い付くというか、体が、血が大剣を求めている感じだ。


「大丈夫ですよ、母上。楽しんでますから」

「そうですか? ならいいのですが……」

「本当ですよ。今、毎日がとても充実しています。自分が強くなっている実感があって、毎日進化しているというか、新しい自分に出会える感じがして、とっても楽しいです!」


 そう。僕はこの世界での生活を全力で楽しんでいる。シンディーの授業はまるで『レインボー・ファンタジー』の裏設定を知るみたいで楽しいし、自分にできることが増えていく。強くなるのは、シンプルに楽しい。


 将来の夢的にも強くなるのは必須だし、近いうちの目標であるアクロイドの呪いを解くためにも強さが必要だ。


「奥様、坊ちゃん! お昼の準備ができましたよ!」


 その時、寝室のドアの向こうからアビーの声が聞こえる。


 お昼ご飯ができたってことは、父上も一度帰ってくるかもね。


「母上、行きましょう」


 僕は母上に向かって手を刺し伸ばす。


 その仕草を母上は懐かしそうに見つめ、僕の手を取った。


「行きましょうか」

「はい」

「あらあら」


 そのまま母上をエスコートするように食堂に行く。


 母上は微笑ましそうに僕を見ていた。


 食堂に着くと、アビーといつの間にか移動していたディアナが配膳をしていた。


「いやあ、疲れた疲れた」


 そして、配膳が終了したタイミングで登場する父上。その姿は泥だらけだ。


「あなた、先に体を洗ってきた方が……」

「そうか?」


 母上に言われて、自分の体を見下ろす父上。そして、あまり見ない情けない顔をすると、口を開く。


「クレアの言う通りだ。これでは屋敷を汚してしまうな」

「お待ちください、父上」


 そのまま寂しく去ろうとする父上に、僕は待ったをかけた。


「どうしたんだ、キース?」

「僕に任せてください!」


 僕はバスケットボール二つ分くらいの多さの水を創り出すと、父上の靴を包み込む。そして、どんどん水を上に上にと押し上げていく。


 水は父上の足や腰、胸を覆って洗っていく。実はこの水、微細運動しており、水で汚れを浮かして取り除き、その後は水を吸収して乾かしているのだ。


「な、なんだ、これは⁉」

「父上を洗っているんですよ。父上、目と口を閉じてください」

「おう?」


 父上は疑問を感じながらも、僕に言われたとおりに目と口を閉じる。最後に父上の顔と頭を洗って終了だ。父上を洗うのに使った水は、窓から外にポイである。

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