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058 シンディー

 父上に大木剣を貰ってからというもの、僕は暇さえあれば庭に出て大木剣を振っていた。


 もちろん、魔法の練習も怠っていないよ。


 この前みたいに水の猫を生み出しては、アクアスライムたちと追いかけっこをしたり、新たな魔法を生み出したり、いろいろと試行錯誤中だ。


 そういえば、水の猫とアクアスライムたちの鬼ごっこを見て、シンディーが腰を抜かしていたっけ。あれは何だったんだろうね?


「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


 僕が庭で大木剣を振り始めると、アクアがそわそわし始める。そして、庭の木の柵の向こうでは、アクアスライムたちがぽよんぽよんと弾んでいた。


 そう。僕が大木剣を振り始めると、水の猫が生み出されるのを待っているのだ。


 僕はさっそく期待に応えるように、水の猫を生み出していく。


 すると、アクアやアクアスライムたちが待ってましたと言わんばかりに水の猫を追いかけ始めた。


 今日もアクロイド村は平和だ。



 ◇



 私はシンディー。今はアクロイド村で司祭と治癒院の院長を兼任している研究者よ。


 私は今、アクロイド村にある小さな教会で机に向かっていた。キース様の奇行を纏めるためだ。


 一言でいえば、キース様の魔法はおかしい。まるで私たちの知る魔法の常識とは違う力で水を操っているようだった。


 そう。操る。


 通常、魔法といえば詠唱が必須であり、詠唱の通りの現象が起こる。


 しかし、キース様の場合、詠唱を必要とせず、まるで不思議な力で水を操っているようだった。


 今までにも、キース様が水を操っているのは何度か見たことがあった。でも、先日見た光景は私の度肝を抜くものだった。


 なんと、キース様は二十以上の水でできた猫を同時に操っていたのだ。


 しかも、水でできた猫たちの動きは、まさしく猫だった。その動きは猫を逸脱していなかった。


 私はキース様の家庭教師も任されている。


 キース様が空飛ぶ魚を生み出せることも知っているのだ。


 つまり、水でできた猫たちは、猫の動きだけではなく、重力の影響も考えて、緻密に操作されていたことがわかる。


 一匹でも難しそうなことを、一気に二十匹以上も展開し、破綻していなかった。


「キース様は天才だわ……!」


 家庭教師の仕事を通して、私はキース様の学力を大まかに把握している。


 キース様は、算数はずば抜けて得意のようだが、国語の能力は平均的だった。


 魔法には数学の能力が必要なのだろうか?


 たしかに、重力まで魔法で再現するのには数学的知識が必要だろう。


 いや、決めつけるのはまだ早い。


「無詠唱魔法……」


 我々、魔法使いの悲願。


 詠唱時間は、敵に致命的な隙をさらすことになるし、そもそも命を奪い合う実戦という高い緊張の中、正確に魔法の詠唱できる者というのは、案外少ないのだ。


 しかし、無詠唱魔法が普及すれば、そんなことは無用の心配になる。


 無詠唱魔法。どうにかその糸口を見つけたい。


 だが、現実はいつだって残酷だ。それを体現している存在が目の前にいるというのに、その原理がまるでわからない。


「キース様は体内に魔法の素があるとおっしゃっていたけれど……」


 魔力を集める器官が体の中にあるというのは、大昔にあった仮説ではある。


 しかし、過去に何度もおこなわれた陰惨な実験によって、そんなものはないというのが今の定説になっている。


 もしかしたら、我々のような普通の人間にはなくても、キース様のような特別な人間にはあるのかもしれない。


「…………」


 私も学徒の端くれとして調べてみたいという気持ちはある。


 しかし、それは許されないことだ。


 それ以前に、私の心がそんなことをしたくないと悲鳴をあげる。


 私は、キース様が生まれた時からキース様のことを知っている。司祭として、キース様に祝福を授けたのは私なのだ。忘れるはずもない。


 それからしばらくしたら、大きなクジラが空を飛んで……。


 あの時は、村人に経緯を説明するのが大変だったわね。


 空飛ぶ魚に蝶や犬から猫まで。キース様はさまざまなものを水で生み出した。


 しかも、それらはまるで生きているかのように精巧で生き生きとしていたのを覚えている。


 それからの毎日は慌ただしかった。


 私の中にあった常識なんて粉々に粉砕されて、新たな発見がたくさんあった。


 けど、同時に楽しかったのも覚えている。


 私にとって、キース様は目の離せない年の離れた弟のような存在だ。


 そんな存在が、私のせいで狙われている。


 辺境伯に無理を言ってディアナを貰ってきて、キース様の護衛につけたけど、それだけで私の罪が償えたとは考えていない。


「守り切らなければ……!」


 このアクロイド村でキース様を襲うことは難しい。ここは安全だ。


 問題は、キース様が王都の貴族院に入った時。


 ご領主様はキース様を鍛えて強くすることでキース様を守ろうとしているようだ。


「私も王都に行って、サポートできる体制を整えないといけないわね……」

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