049 村人とアクアスライム
あの後、僕は素振りを三百回ほどして今日の剣術の稽古は終了となった。
その間に角材の間を通り抜けたのは五回しかない。もっとがんばらないとね。
「いてて……」
僕はジッと両手を見下ろす。
何度も木剣で角材を叩いた結果、僕の手はまるで腫れたように赤く分厚くなって熱を持っていた。三百回素振りをした腕も乳酸でパンパンである。動かすのがものすごく怠い。
「始めはいまいちだったが、最後の方はわりとよかったぞ! この調子で明日も稽古だ!」
「はい……」
またこれをやるのかと思うと、かなりげんなりだ。
でも、これも強くなるため。引いてはこの世界を冒険するために必要なことだ。がんばろう……。
稽古も終わり、父上たちと解散した後、僕とディアナはアクアに乗って村の中心にあるアクロイドの大壺にやってきた。
これからいつもの水のヴェールの張替えと、大壺に水を満たす作業だ。
僕の目の前には、宙に水の玉が浮かんでいる。これが村を水のヴェールで覆う魔法の核だ。
いったん村に水のヴェールを張っている魔法を中断し、再度水のヴェールの魔法を展開する。その間、一秒もない。たぶん大部分の村人は、僕が毎日水のヴェールの魔法を張り替えていることに気付いていないだろう。
この五年。毎日水のヴェールの魔法を張り替えてきたからか、僕はどれだけ魔力を注げば一日中水のヴェールの魔法が展開できるのか、もう完璧に把握している。
でも、僕は十日は展開できるだけの魔力を注いで水のヴェールの魔法を展開した。
どうやら、アクアスライムたちにとってこの魔法はご馳走に見えるのか、たまにここから魔力を補給しているみたいなんだよね。この水のヴェールの魔法は、村を砂塵から守るのと同時に、アクアスライムたちのご飯にもなっているらしい。だから、多めに魔力を注ぐ。
「次は大壺に水を溜めておこう」
アクロイドの大壺の中を覗くと、アクアスライムが十匹ほど水遊びをしていた。
アクアから分裂したアクアスライムたちだけど、個性を獲得しつつあるのか、水のヴェールの魔法から魔力を補給するタイプと、アクロイドの大壺で水を補給するタイプ、そう両方を使いこなすタイプ、頑として僕から直接魔力を補給するタイプと魔力の補給方法もさまざまだ。
「いくよー」
僕は右の人差し指の先から、まるでホースから水を出すようにアクロイドの大壺に水を溜めていく。
そうすると、大壺の中にいたアクアスライムたちがキャッキャッと嬉しそうに水を浴び始めた。僕はどのアクアスライムにも水が当たるように時々指を動かして水の出す方向を変えていく。
みんな気持ちよさそうだね。
さて、用事も終わったし館に帰ろうとしたところで、三十歳くらいの女性が小走りで近づいてきた。その顔には心配そうな悲しそうな表情があり、腕の中には小さなアクアスライムが抱えられている。
「すみません、キース様。ウチのスラちゃんがなんだか調子が悪いみたいで……」
女性の抱えているアクアスライムがスラちゃんなのだろう。この女性のように、まるでペットのように特定のアクアスライムをかわいがる村人もいる。
女性の口ぶりからして、家でこのスラちゃんを飼っているのだろう。
「それは大変だ。診せてもらってもいいかな?」
「はい。お願いします……」
女性からバレーボールよりも小さくなってしまったアクアスライムを受け取る。
「んー?」
受け取ったアクアスライムの中には、なぜか植物のクズらしい物が浮いていた。しかも、アクアスライムの本来クリアなボディもちょっと濁っている。
「ひょっとして、野菜を食べさせた?」
「いいえ。他のアクアちゃんたちと区別するためにお花を食べさせていたんですけど……」
「たぶん、体が濁っている原因はそれだね。アクアスライムは水でできているから食べたものを消化できないんだよ。それで水の体が濁っちゃったんだね。それと、体調不良の原因は、魔力が少ないのかな? ちょっと待ってて」
僕は元気のない小さなアクアスライムにずぶりと人差し指を差して、魔力を注入していく。
すると、だんだんと濁ったアクアスライムの体が綺麗になってきた。
そして、まるでペッとアクアスライムから吐き出されるように出る濁った水と花の残骸。これでもう大丈夫かな。
「この子はちょっと小さめだから、魔力もたくさん入れておくよ」
「お願いします」
アクアスライムは元気になったからか、ぐいぐいと僕の指先から魔力を吸っていく。
そして、僕の乗っているアクアよりも二回りくらい小さいサイズにまで大きくなったアクアスライムは、ぽよんぽよんと元気そうに弾んで女性の周りを回り始めた。
「スラちゃん! よかった、元気になったのね! ごめんね。ごめんね、スラちゃん!」
女性がアクアスライムに抱き付き、アクアスライムもそれを嫌がることなく、女性を受け止める。美しい種族を超えた友情に乾杯だね。
「ありがとうございました、キース様!」
「これからは、水以外をアクアスライムに与えないでね。ここに連れてくると、ご飯が食べれるから、たまに連れて来てあげるといいよ」
「はい! 行こう、スラちゃん。キース様、本当にありがとうございました」
女性はもう一度お礼を口にすると、アクアスライムと一緒に帰っていった。
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