↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
48/143

048 キースの素振り

 僕は思わず自分で振り下ろした木剣を見下ろしてしまった。


 だって、木剣を角材の間に通すだけの簡単な練習だ。たしかにけっこうシビアな隙間だから角材にぶつかるかもしれないとは思っていた。でも、まさか角材にも当たらないとは思わなかった。本当に自分で振ったのか疑問に思ってしまったほどだ。それだけでは済まず、思わず木剣が曲がってしまったのではなかと確認してしまった。


「どうだ? 難しいだろ?」


 見上げると、父上が人が悪そうな顔を浮かべて僕を見ていた。


「まぁ、最初はそんなもんだ。素振りってのは、正しい振りを身に付けるためにする。まぁ、普段から素振りしてれば、いざという時に咄嗟に体が動いてくれることもある。素振りは普段からしておいた方がいいぞ? こんなふうにな」


 そう言って父上が木剣を振る。


 木剣は正確に角材の間を通り抜けた。その姿を美しいと僕は思った。


「自分の体ってのは、自分の思ってる以上に適当に動いてる。キースも感じただろ? それが感覚のズレだ。それを修正して、狙った所に剣を走らせる。それが素振りの意味だな。ただ振ってるだけじゃ、いつまで経っても上達しないぞ?」

「はい!」


 僕の感じた違和感。僕が振った木剣は、実際に角材に掠りもしなかった。この感覚のズレ。これは誰もが感じるものらしい。そして、たぶん父上や警備隊のみんなは、数えるのも億劫になるほどの素振りを繰り返した果てに、自分の体を正確に制御してるんだ。


 ただ木剣を振っているだけでは上達しない。父上の言葉だ。それは確かにそうなのだろう。一振り一振りを大切に、狙った所に木剣を走らせる。それだけを考える。


 父上は期待しているみたいだけど、僕に剣の才能はない。さっき、斬る覚悟を決める時はたまたま上手くいっただけだ。


 魔法だったら話は別だけど、たぶん、僕は剣に関して同時にいくつも並行して修行できるほど器用じゃないと思う。だから、僕は正確に木剣を振ることだけを考える。


「えいっ!」


 カーンッと高い音を立てて、僕の振り下ろした木剣は左の角材に命中した。硬い物を叩いたせいで反動で手が痺れて、木剣を落としてしまいそうになるけど、なんとか耐えた。


 今度は左に逸れすぎた。この練習、想像以上にかなり難しい。それだけ僕は自分の体を正しく使えてないということだろう。


 練習あるのみだ。


「えいっ!」



 ◇



 オレ、マーク・アクロイドは、目の前で角材目がけて素振りをする息子を見ながら昔を懐かしむ。


 そういえば、オレも昔は親父に剣の手ほどきを受けたものだ。


 親父……。誰よりもキースの誕生を待ち望んでいた一人だった。キースの生まれる半年前に亡くなっちまったが、もう少しだけがんばってくれればなと思わなくもない。


 親父はアクロイドの呪い、シンディーが言うには塵肺という病気らしいが、それで亡くなった。


 その最期は、まるでベッドの上で呼吸がままならず、溺れるように死んじまった。


 キースがもっと早く生まれていれば、親父を助けられただろうか?


 まあ、考えても仕方がないことだな。


 今はキースのことをちゃんと見ないとな。


 キースの太刀筋は、見たところ平凡に見える。だが、その向上心は目を瞠るものがあった。


「えいっ!」


 キースは何度失敗しても諦めない。角材を打ったら手が痛いだろうに、泣き言を言わずに何度も挑戦する。


 オレにも覚えがあることだが、何度もやっても上手くいかない時は怒りが湧いてくるし、嫌になってくるもんだ。


 オレの場合、木剣を投げ捨てたら、親父にしこたま怒られた記憶がある。まあ、今ではいい思い出だ。


 だが、見たところキースの心は凪いでいた。焦りや怒りを感じていない。自分ができないということに真摯に向き合っている。


 やっぱ老成してるよなぁ……。


 たまにだが、オレよりもキースの方が歳上なんじゃないかと思う時がある。そんなわけないのにな。おそらく、キースはとびきり頭がいいのだろう。


 キースは頭がいい。だから、キースが老成しているように見えるだけだな。


「えいっ!」


 だが、体を動かすことに関しては、普通の子どもの域を出ないようだ。少なくとも、ディアナのような天才ではない。


 キースはなまじ頭がいいから、剣の道を諦めてしまう可能性もあるだろう。


 まあ、それでもいい。剣を習った経験は、キースにとって必ずプラスになるはずだ。


 剣術は、ただ敵を倒すだけの技術ではない。心も鍛えてくれる。


「やあっ!」


 キースを見ながら思う。


 アクロイドを救った英雄。人々を癒した救世主。未だ五歳にして、アクロイドの悲願を達成してしまった我が子。しかし重すぎる称号に潰されないか心配でもある。


 やれやれ、長老にも言われたが、子育てというのは難しいな。次から次へと心配の種が実っていく。クレアともよく相談しないとな。


「せやっ!」

「お!」


 もうすぐ素振りも百回に届くだろうかというところで、ようやくキースの剣が角材の間を通り抜けた。


 諦めなかったキースの勝利だ。

お読みいただき、ありがとうございます!

よろしければ評価、ブックマークして頂けると嬉しいです。

下の☆☆☆☆☆をポチッとするだけです。

☆1つでも構いません。

どうかあなたの評価を教えてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。