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142 気を紛らわせるお話

「シンディー、頼んだぞ」

「ええ。任せてください」


 その後、お屋敷はてんやわんやの大騒ぎとなった。


 村中から女性たちが集まり、アビーの指揮の元、大慌てで母上の出産の準備を整えていく。


 父上も僕も両親の寝室から追い出され、急いで寝室に出入りする村の女性たちに後を託すしかない。


「シンディー、お願いね」

「わかりましたわ。絶対に死なせはしませんわ。キース様は、上手くいくように祈っていてください」


 そう言って両親の寝室に入っていくシンディー。


 僕はその様子をただ茫然と見つめるしかできなかった。


「キース、ここでは邪魔になる。キースの部屋に行こう」

「はい……」


 父上に促される形で、僕は自分の部屋に入る。


「はぁー……」


 すると、父上は僕のベッドに座ると、祈るように項垂れた。こんなにも弱弱しい父上を見たのは初めてかもしれない。


 それだけ、出産というのは一大事なのだろう。


 日本に比べれば、衛生環境も設備もなにもかもがあまりにもよくない。比べるのも烏滸がましいほどだ。


 出産というのは、間違いなくこのアクロイド村では、命懸けの行為なのだ。


 ここには日本にはいなかったシンディーという治癒魔法使いがいるけど、それがどの程度足しになるのかもわからない。


 シンディーは任せろと言ってくれたけど……。


 シンディーを信じたい気持ちはもちろんある。でも、僕だって母上のために、そして生まれてくる赤ちゃんのために、なんでもいいから何かしたいのだ。


 僕はアクアの上に座ったまま、何かしたくても何もできない焦燥感に包まれていた。なんだかものすごくイライラするし、心配で堪らない。


 きっと父上も同じ気持ちを抱えているのだろう。父上は僕が生まれる時も同じ気持ちを味わったはずだから、最低でも一回は乗り越えている。それでも、そんな父上もさっきから貧乏ゆすりが止まらないほどだ。


 部屋の中には、父上の貧乏ゆすりの音がやけに大きく響き渡り、時折ドアの向こうからアビーの指示を出す声が聞こえてくる。


 僕はアクアから降りて、ベッドに座った父上の隣に座った。


「キース……」


 父上は、その時初めて僕の存在を思い出したような顔で僕のことを見ていた。


 そして、その分厚く大きな手を僕の頭の上に置く。


「大丈夫だぞ、キース。クレアも赤ん坊もきっと大丈夫だ。シンディーもいるしな。なにも心配はいらない」


 父上は、まるで自分に言い聞かせるようにそう言った。


「父上……」

「大丈夫だ。そう信じよう。それより、キースは生まれてくる赤ん坊は男の子と女の子どちらがいいんだ?」


 僕が必要以上に心配しないように雰囲気を変えようとしているのか、父上が僕に話を振ってきた。


 ここは父上の話に乗っかろう。何かしていないと、不安でどうにかなってしまいそうだった。


「僕は男の子でも女の子でもどちらでもいいですよ。父上はどちらがいいんですか?」

「オレか? オレはそうだなあ……。オレもどちらでもいいが、できれば女の子がいいな。クレアの子だぞ? 絶対にかわいいに決まっているからな!」


 そう言って、父上はニカッと笑ってみせる。いつもと比べるとちょっと不器用な笑みだけど、笑えるようになったならよかったよ。


「父上は、赤ちゃんの名前はもう考えているんですか?」

「ああ。男の子だったら、セシル。女の子だったら、アイリスにするつもりだ」

「セシル……。アイリス……。いい名前ですね!」

「だろ? いい名前だよな。クレアと話し合って決めたんだ。……クレア、無事だといいが……」


 ああ、また父上の眉毛がハの字になってしまった!


 なんとか話題を変えないと!


「そういえば父上、港の開発計画はどうなっているんですか?」

「おお? そうだなあ、シンディーが言うにはだが、半分くらいはできたらしい。もう船の受け入れも可能だそうだ。まあ、問題は港に停泊してくれるかだが……」

「なるほど……」


 たしかに、港があってもそこに必ず船が停泊するとは限らないか……。


 一応、砂糖やアクロイド芋のお酒など、商品となる物は用意できているんだけど、船が停泊してくれないことにはここに商品があることすら認知してもらえない。特に、先を急ぐ船が停泊してくれることはないだろう。


 僕は港ができればなんとかなると思っていたけど、もしかしなくても、そんなに簡単な話ではないのかもしれない。


「そう心配するな、キース」


 僕が腕を組んで悩んでいると、父上が優しく僕の頭をポンポンと叩いた。


「父上には、何か秘策があるんですか?」

「ない!」


 そんな元気いっぱいに言わなくても……。でも、さすがに無策というのはマズくないかな? 僕も何か考えた方がいいんじゃあ?


「なあに、心配いらんさ。シンディーが言うには、港があれば、船は必ず停泊するらしいぞ? 船乗りたちは、みんなとにかく水が飲みたいらしいからな」

「水が……?」

「ああ。水は樽に入れても三日で腐る。その後は、船乗りたちは水ではなく酒で喉を潤すらしいんだが、これがとにかく水が飲みたくなるらしい」

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