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141/143

141 その時

 砂糖作りの成功を祝って、父上はアクロイド村の各家庭に砂糖が配布させた。自分たちが、こんなにすごいものを作っているんだぞという誇りを、村人たちに持ってもらうためらしい。


 とはいえ、アクロイド村の村人たちは、砂糖なんて貰っても使い方なんてわからない。


 そこで急遽おこなわれたのが、アクロイド男爵家に伝わる伝統のお菓子、スイートポテトの作り方教室である。もちろん、教師役はアクロイド男爵家のメイドであるアビーだ。


 まぁ、スイートポテトと言っても、前世で食べたスイートポテトとはまるで作り方が違う。材料もサツマイモじゃなくてアクロイド芋だしね。


 その作り方は極めて簡単だ。


 まず、アクロイド芋を蒸かして、皮を剥いて、潰していく。そこに砂糖をお好みの量ぶち込んで、さらに混ぜる。そして、それを丸く形成したら、これで完成だ。実に簡単だね。


「こりゃうめええええええええ⁉」

「こいつが砂糖かあ!」

「甘い! うまい! こんなに甘いのは初めてだ!」

「これならいくらでも食えるぜ!」

「おい! 皿ごと持って逃げるな!」


 村人たちは、初めて食べるスイートポテトの味に舌鼓を打っていた。どうやら気に入ってもらえたようだね。


 今まで、アクロイド領は食うや食わずのかなり貧しい土地だった。砂糖なんて領主一族でも滅多に使えないほど高級品だ。村人に至っては、スイーツを食べること自体初めてかもしれない。


 それほどまでに、アクロイド領は飢えていた。僕はそれを変えたい!


 そのための武器は用意できた。あとはこれを運ぶ手段だけど、それは今、父上とシンディーが港を造っている最中だ。どれくらい時間がかかるかわからないけど、時間が解決する問題であると言える。


 これでアクロイド領の未来が、少しは明るくなるといいね。


「父上! やってよかったですね!」


 僕は隣に立ってスイートポテトを一口で食べてしまった父上を見上げると、父上は僕の頭をぐわんぐわんと撫で回す。


「これもキースががんばったからだ! 今のアクロイド領があるのは、間違いなくお前のおかげだぞ。お前のおかげで、オレは明日が楽しみで仕方がない。今より未来はずっとよくなると信じられる。オレだけじゃないぞ? みんながお前に感謝している。お前が、アクロイド領に蔓延っていた絶望という病を洗い流してくれたんだ。オレは、キースの父であることを誇りに思う」

「僕も、父上と母上の子どもで幸せです!」

「ガハハハッ!」


 すると、突然父上が僕を高い高いするように持ち上げる。


「キース、お前って奴は最高だな!」


 そのまま衝動が抑えられないとばかりにぐるぐる回り始める父上。それによって、僕の視界もぐるぐる回る。前はすぐに吐きそうになってしまったけど、これまでの冒険で鍛えられたのか、吐き気に襲われることはなかった。


 それどころか、面白い!


「おおおおおおおおおおおおお!」


 僕は両手両足を大の字に広げると、そのまま父上によってぐるぐる回る。なんだか流れていく景色が面白い。まるで空を飛んでいるかのような錯覚を覚えるほどだ。


 でも、運命っていうのはいつだって間が悪い。


「奥様!」


 突然、アビーの悲鳴が広場に響き渡った。


 その瞬間、父上の回転はピタリと止まり、まるで石膏像になってしまったように固まってしまった。その視線の先には、お腹を抱えて苦しそうにしている母上の姿があった。


「母上!」

「クレア!」


 父上は僕を地面に置くと、すぐに母上を抱き上げる。


「きたのか?」

「は、はい……」


 父上の問いかけに、苦しそうに答える母上。


 何がきたんだ? なんで母上が苦しんでいるの⁉


「アビー! 準備してくれ!」

「はい! 皆さん! お湯の準備を!」


 しかし、混乱する僕を置いて、事態はどんどん進んでいく。


 そして、アビーが忙しく指示を出しているのを放って、父上は母上を抱えたまま屋敷の方へと慎重に、しかし素早く歩いていく。見上げれば、その顔には焦燥感が浮かんでおり、僕は声をかけることはできなかった。


「大丈夫ですわ。これでも二度目ですもの……」


 母上は、そんな父上を慰めるように、父上の顔の輪郭を撫でた。


「ぁっ!」


 二度目。


 この言葉で、今母上の身に何が起きているのか、僕はようやく理解した。


 おそらく、陣痛だ。


 母上の出産の時が、この瞬間にやって来たのである。


 そうと理解すると、僕は父上を先回りして、屋敷の扉を開けた。僕にはなにもできないかもしれないけれど、少しでも役に立ちたかったのだ。


 そして、父上はそのまま夫婦の寝室へと入り、母上をベッドの上へとそっと置いた。


「キース……」


 その時、母上に呼ばれた。僕はすぐに母上の元へと向かう。


「何でしょう、母上? 僕にできることは何かありますか?」


 母上は、額に玉のような汗を浮かべて、それでも痛みを押し殺して、懸命に笑顔を浮かべていた。


「キース、ちょっとだけ待っていてくださいね。お母様、がんばりますから……」

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