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アクロイドの水瓶

「よし、では行くぞ!」


 次の日。朝食を食べた僕たちアクロイド一家は、水のヴェールに覆われた村の中心近くへとやってきた。


「領主様とキース様だ!」

「手合わしとけ!」

「ありがたや、ありがたや」


 途中、すれ違った村人たちが僕を拝んでいる。ちょっと恥ずかしい。


 トムたち、村の治安を預かる五人部隊が村を覆う水のヴェールの事情を説明した結果、僕が村人たちから拝まれる事態になってしまった。それだけ呪い、塵肺への恐怖が強かったのだろう。


 でも、だからってなにも拝まなくてもいいじゃん。恥ずかしいよ!


 人に見られることに慣れているのか、父親とクレアは気にしてないみたいだけどさ。


 え? 僕? さすがに元日本社畜の庶民ソウルが人の目に緊張しているよ!


「キースもすっかり村の人々の人気者ですね」


 そう言って笑うクレア。


「あぅー」


 これは人気とかいうレベルじゃないと思うんだけど? なんか変な宗教が始まりそうなレベルだよ!


「着いたぞ。ここだ!」


 そう言ってこちらを振り返った父親の後ろには、どうやって作ったかも不明なほど大きな瓶が横向きに傾いて置いてあった。横に傾いた状態でも、大男である父親より大きな瓶だ。本当にどうやって作ったんだろう?


「これがこの村の名物! アクロイドの水瓶だ! この水瓶に水魔法を撃って水を溜めるんだ。そして、ここの水を使って、村の人々は生活している。キースには、ここに水を出してほしいんだ」

「あい!」


 なるほどね。つまりこの大きな水瓶は、川のないこの地域のダムのようなものなのだろう。


 しかし、知れば知るほどこの土地って人が生きるのに向いてないね。どうしてこんな生きづらい土地で暮らしているんだろう? もっと生きやすい土地に移動すればいいのに……。


 まぁ、村を作ってしまったから、今さら移動するのも考えものか。


「キース、これで大丈夫ですか?」

「あい!」


 斜めになった水瓶の正面に立つクレアが訊いてくる。


 僕は大丈夫だよと手を上げて応えると、さっそく魔法を使う。


 水瓶に手を向けると、そこから水が勢いよく飛び出し、水瓶を満たしていく。


「おお! 水瓶にこれほど水が溜まっているのは見たことがないぞ!」

「ふぅー」


 父親は飛び上がらんばかりに喜んでいるけど、僕としてはちょっと不満だ。できれば水瓶をいっぱいに満たしたかったけど、半分も溜まっていない。村を覆う水のヴェールを展開するのに魔力の三分の二くらい使っているからね。もっと魔力を増やさないと。


「これだけ水があれば、シンディーの言っていた土壌改善もできるかもしれん!」


 父親はもう小躍りしそうな勢いだ。


「あぅー……」

「あら、キース? もうお眠ですか?」

「あぃ……」

「きっと魔法を使ったせいだろう。感謝するぞ、キース。キースが出してくれた水は、大切に使わせてもらう!」


 そんな父親の宣言の聞きながら、僕は眠りについた。



 ◇



「キース、起きていますか?」

「あう?」


 起きたら、いつの間にか屋敷の両親の寝室の中、チャイルドベッドの中で寝ていた。


 誰かに呼ばれたような……?


 そんなことを思っていたら、ぬっとクレアの顔が現れた。


「おう?」

「ひょっとして、起こしてしまいましたか? ごめんなさいね。今ちょうど長老が来ているんです。どうやらキースに用事があるようですよ?」

「おうおー?」


 長老? そんな存在がいるんだ?


「会ってみますか?」

「うい!」


 長老が果たして村の中でどれくらい偉いのかわからないけど、会った方がよさそうだと僕の中の庶民ソウルが囁く。


「では、行きましょう」

「あい!」


 そのままクレアに抱っこされると、普段は使っていない部屋に入る。クマの毛皮が敷かれ、テーブルを挟むように椅子が置かれている。たぶん、応接間とでも呼ぶべき場所らしい。僕が歩く練習する時に用意されたクマの毛皮はここから借りてきていたんだね。


「おお! キースも来たか! ありがとう、クレア」

「いえいえ」


 応接間の椅子に座った父親が手を上げて僕たちを歓迎する。


 父親の向かいの席には、枯れ木のように細い老人が座っている。老人の後ろには、トムが控えていた。老人はゴホゴホと咳をしながらこちらを向いた。


「こちらがキース様ですか。ご挨拶をせねば」


 そう言って老人が意外にも元気な動作で立ち上がると、僕たちに向かって跪く。


 しかし――――。


「ぜぇ……、ぜぇ……。ゴホ、ゴホ!」


 たったそれだけの動作で、老人の息は切れていた。さらには咳までしている。なんだか元気そうだった動作とはチグハグした印象だった。


「モートン、無理はしなくてもいいのだぞ?」


 父親も心配そうにモートンと呼んだ長老を見ている。


「失礼いたしました。こういうことは初めが肝心ですからな。しっかりせねば。私はこのアクロイド村の長老となったモートンと申します。以後、お見知りおきください……」


 モートンは咳を呑み込みながら、ゆっくりとそう言い切った。

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