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129 乙女心案件

 オレはマーク・アクロイド。アクロイド男爵領の領主であり、畏れ多くも陛下より男爵の地位を賜る貴族だ。


 今は息子であるキースに兄たる者の心得を伝授していたところだ。


 賢いキースならば言われずともわかっているだろうが、まあ、我が家の伝統行事みたいなものだ。オレも親父に言われたもんだ。


 クレアの腹はもうかなり大きくなっている。もうすぐ息子か娘が生まれると思うと、ウキウキするようなソワソワする気持ちがした。


 それと同時に、どうしても不安が頭をよぎる。


 そんなオレを心配そうな目で見ているアビーに気が付いた。


 そういえば、あの時にはアビーはもうメイドになっていたから、知っているんだったな……。


 オレの妹、シェリーの死産を。その出産が原因で、オレの母親も亡くなっていることを。


 間違いなく、オレが経験した中でも一番悲しく、そして無力感を感じた日だった。何も悩みがなさそうとよく言われるこのオレが、しばらく何も食べられなかったくらいだ。


 そりゃそうだろ。オレの人生の中で一、二を争うほどの祝福されるべき日が、絶望のドン底に叩き落とされたんだからな。


 今回は絶対に大丈夫だ。キースの時も大丈夫だったし、キースを産んだ時よりもクレアの体調も顔色もいい。いざとなれば、シンディーの治癒魔法もある。その効果はダンジョンでしっかり確認済みだ。


 だから、大丈夫なんだ。絶対に大丈夫。絶対に上手くいく。


 そう自分に何度も言い聞かせる。


 オレは、オレと同じ気持ちを、絶望を、神を呪うような感情を、味わってほしくはないのだ。


 アビーに手を振って大丈夫であることをアピールした。オレが沈んでいたら、クレアやキースまで不安になっちまうからな。


 だから、オレは笑うのだ。


「うむ! サンドリザードは尻尾肉に限るな! 脂が乗ってうまい!」

「おかわりもございますよ?」

「貰おう! 今から焼いてくれ! キース、お前はどうする?」

「半分食べます!」

「いいぞ! 子どもは食べるのも仕事だからな! クレアはどうする?」

「では、キースの残した半分を……」


 クレアが少し恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。


 べつにクレアが大食いでも、オレはそんなことじゃクレアを嫌いになったりしないのだが……。これは乙女心案件かもしれん。


 乙女心案件。


 これは、親父から聞いた我々男には決してわからないものらしい。これに関して下手に口を出すのは悪手。傍でそっと見守るのが男の務め。


 親父は王都でも長年暮らしていた。おそらく、オレ以上に女の気持ちを熟知した人物。そんな親父でもお手上げであった乙女心。


 そんな親父が編み出したのが、乙女心に対する我々男ができる僅かな抵抗。乙女心案件だ。


 これはキースの十歳の誕生日にでも教えてやるか。


 乙女心案件は書き残すことは禁じられ、口伝でのみ伝承していくものと決まっているからな。


 それにしても、もうクレアと結婚して七年目になるというのに、女はいつまでも乙女というのは本当かもしれんな。


 ちなみにこの知識も乙女心案件からの引用である。


 だから、オレはここで余計なことは言わないという選択ができる。ありがとう、親父。



 ◇



「ふぅー……」


 いやぁ、たくさん食べてしまった。もうしばらく動きたくないなぁ。


 サンドリザードの尻尾肉はおいしいから仕方ないね。それに今日は食後のおやつもあったし。


 おやつは、近いお菓子で言うと、スイートポテトかな?


 まぁ、こっちのは団子みたいに丸いんだけどさ。


 それに、アクロイド芋とヤギの乳や茶色い砂糖を使っているので、食感はもちろん、味が全然スイートポテトじゃない。あれに近いものになると……栗きんとんに近かったかもしれない。芋を使っているのに不思議だね。


 そんなアクロイド芋だけど、もう品種改良して第五世代になるアクロイド芋が畑に青々と茂っている。独特の苦みがかなり低減され、ほのかな、しかし確かな甘みすら感じるレベルになっている。


 昔は食事は作業と考えている村人も多かったけど、今は食事が楽しみだという村人も増えてきた。


 品種改良。知識のない僕がやっても大丈夫かなと思ったけど、やってよかったなぁ。


「ごちそうさまでした!」

「待て、キース」

「はい?」


 アクアに乗ったまま食堂を出ようとすると、父上が話しかけてきた。


「キース、お前フリーデンを持ちだしたようだな? まあ、フリーデンは大剣とはいえ刃がないからいいが、失くしたりするんじゃないぞ?」

「はい。あ! そうでした、父上に報告しないといけないことがあります! 実は、マグマスライムを持ち運びたくて、フリーデンを使ったんですけど――――」


 僕はダンジョンからマグマスライムを連れ帰ったこと。そして、もうお屋敷とモートンの家の竈にいることを報告する。


 事後報告になっちゃうけど、マグマスライムは絶対に人々の、村の役に立つ存在だ。僕が、そのことを父上に伝えないと!

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