109 戦闘民族
「雨が降ると、冷たくて気持ちいいんだな。体も洗えるし」
いつもはあまりしゃべらないミックも雨は嬉しいのか、珍しく口を開いていた。
「ふぉっふぉっふぉっ。風邪をひくんじゃないぞ、ミック」
「大丈夫なんだな」
モートンに言われ、そう返すミック。
「じゃあ、俺たちそろそろ畑に行ってきます!」
「みんな、マスクを忘れないでね」
「「はーい」」
「んだ」
雨が降るようになったアクロイド男爵領だけど、少なくなったとはいえ、まだ砂塵が舞っている。
やはり、百年以上乾いた大地はそんなに簡単に蘇らないようだ。やきもきするけど、こればかりは時間が解決するのを待つしかない。
そんなこんなで『赤のキツネ』の三人と別れる。
三人の後を追うように、十匹ほどのアクアスライムが続いていく。
その姿を見て、僕は少し考える。
今のアクロイド村では、子どもも貴重な労働力だ。アクアスライムたちが増えたおかげで、子どもでもアクアスライムたちに指示を出すだけで農作業に参加できるのも大きい。
でも、やっぱりアクロイド村が力を付けるためには、子どもたちに教育を施したい気持ちもあるのだ。
今は村にも教師に打って付けの人材がいる。シンディーだ。寺子屋じゃないけど、神殿学校みたいなのをいつかは開いてみたいね。
せめて、読み書きと算数ができるだけでもだいぶ変わると思う。
まぁ、将来の課題だね。もしかしたら、父上の代ではなく、僕が神殿学校を作ることになるかもしれない。それまで忘れないでおこう。
モートンによると、今のアクロイド村はベビーブームらしいし、その子たちが大きくなるまでにはなんとかしたいな。
とはいえ、アクロイド村の住人は、その成り立ちからか、わりとみんな座学よりも体を動かすことを好むんだよなぁ。
村には一応警備隊という戦力があるけど、男の子たちはみんなこの警備隊になりたくて剣の練習をするんだよね。しかも、村人の大半が農作業の合間に剣の練習をしたりしている。警備隊に欠員が出たら、即座に応募する構えだ。
もう逞しすぎて人口と兵力がほぼイコールになっているのがアクロイド村である。
そして、そんな村人たちから選び抜かれた警備隊の三人は、かなり実力が高い。決して田舎の弱小貴族が持ってるような人材じゃない。
『赤のキツネ』の三人も、お手伝いの合間に大人たちから剣を習っているらしい。もしかしたら、三人の中から将来、警備隊になる人材が出るかもしれないね。
まぁ、アクロイド村の武闘派っぷりには驚くことばかりだけど、その親玉である父上が生粋の戦士だからなぁ。領民って領主に似るのかもしれないね。
「キース様、次はどちらに向かいますか?」
「そうだなぁ。次はシンディーに話を聞いてみるよ。いろいろ教えてくれてありがとう、モートン」
「なんの、なんの。では、私も農作業をしてきます。御前失礼いたします」
モートンは一礼すると、ピンと伸びた背中を向けて杖を突いて歩き出した。
モートン。もうかなりの歳だと思うんだけど、未だに現役で働いているみたいだ。もしかしたら、それが適度な運動になって、長生きの秘訣になっているのかもね。
そんなことを考えていたら、村の中では比較的大きい建物の前に立っていた。僕は砂塵で削られた木製のドアを三回ノックする。
「うーん……」
ノックしてもシンディーは出てこない。
そこそこ広いアクロイド村だけど、シンディーは目立つから、村にいるならすぐにわかると思う。
だから、たぶんいつものように自分の研究室に閉じこもっているのだろう。
「仕方ないなぁ……。アクア」
座っているアクアに指示を出すと、いつものようににゅっと触手を伸ばして、ドアを開けてくれる。
中に入ると、薬っぽい臭いが充満した部屋だった。簡易なベッドも二つ並んでおり、ここでは簡単な治療を受けることができる。
僕はまだ利用者の姿を見たことないけど、意外と利用者は多いらしい。
というのも、アクロイド村の住民たちが戦闘狂なところに由来する。つい熱が入りすぎて、怪我するまで稽古をしちゃうんだよね。
打ち身や打撲、骨折とかならシンディーのヒールで一瞬のうちに治ってしまう。だから、みんなそれに慣れてしまって患者の数が減らないという話もあるけど……。
トムが自分たちの出自を知っていたように、アクロイド村の住民たちも自分たちがかつて国を守るために散った戦士たちの子孫であることを知っている。
だから、アクロイド村の住民たちにとって、戦士とはとても崇高な存在なのだ。
そして、自分たちもそんなご先祖様に恥じないようにと武術を磨くのである。
なんだか胸がいっぱいになる話だね。僕も気が引き締まるよ。
僕たちはそのまま診療所を抜けて、シンディーの居住スペースへと入っていく。そこにもシンディーの姿はない。
そして、ある扉の前でアクアが止まった。
そこは、シンディーにとっての研究所だ。
僕は強く扉を三回ノックする。
「シンディー? いる?」
しばらく待っていると、扉が少しずつ開いていく。そして、のっそりと姿を現したのは、目の下にくっきり黒いクマをつけただらしない格好のシンディーだった。
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