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108 未来を向く

 僕は、悲しかった。


 アクロイド村の村人たち。いつも笑っている彼らを見ていたから、苦しい環境でも懸命に生きている強い人々なのだと勝手に思っていた。


 正直に言うと、僕たちがガレスゴディアを倒して呪いを解いたら、それでもう問題はないと思い込んでいた。


 でも、彼らを傷付けるものは他にもあった。アクロイド村の村人たちの心は傷だらけだ。


 そのことに気が付けなかった自分に失望しそうになる。


「キース様、お顔を上げてください。皆、キース様に感謝しておるのです。キース様のおかげで、水は安定して供給され、アクロイド芋は大豊作です」

「でもモートン、僕はあの男が、みんなが抱えている心の傷に気が付けなかった……」


 前世の日本でも少子化が叫ばれていたけど、アクロイド村は日本以上に厳しい環境だ。まず、出産する環境が整っていない。


 医療技術なんて比べるまでもなく劣っているし、物資だってぜんぜんない。出産は命懸けの行為にならざるをえないのが実情だ。


 そんな命懸けの行為の果てに授かった子どもが死んでしまう。


 僕は前世でも子どもがいなかったから想像するしかないけど、たぶん想像を絶するのだろう。


 そんな状況の中、アクロイド村の人々は懸命に命のバトンを繋いできた。


 そこには痛みも、苦しみも、逃げ出したくなるような現実だってあったはずだ。それでも、明日を信じてくれた。本当に頭が下がる思いだ。


 そんな彼らに、僕は何をしてあげることができるだろう?


 体だって塵肺で傷付き、その心までも傷だらけの彼らに、何ができるだろう?


「キース様、あの村人も言っていたでしょう? キース様のおかげで、未来を見ることができたと。実は、これはあの男だけではないのです」

「……どういうこと?」

「実は、三年ほど前より、村全体で過去に類を見ないほど多くの子どもが生まれています。しかも、その多くが健康に育っておるのです。すべてはキース様がなしたことですよ?」

「僕は何もしてないよ」

「やれやれ。キース様はご自分のなした奇跡をご存じないのですな」


 そう言って、モートンが肩を竦めてみせた。


 僕が、奇跡を起こした? 何の話だろう?


「キース様が、この村の水、食料の問題を一気に解決してくださりました。それによって、村人たちに余力ができたのです。今では、赤ん坊を産んでも乳が出ないなんてことはほとんどありません。つまり、餓死する赤ん坊はもうおらんのです。それを見て、他の村人たちも次々と赤ん坊を産み始めました。おかげで、村も随分と賑やかになりました」


 そう嬉しそうに話すモートン。


「キース様はそんなつもりはなかったかもしれませんが、あなた様はアクロイド村の飢餓を撲滅してくださった。これ以上の奇跡はありませんぞ! ですから、胸を張ってくだされ。キース様が俯いていらっしゃると、村人たちが心配してしまいますぞ?」


 モートンはそう言って、しわしわの顔でウインクをしてみせた。


「そっか……」


 どうやら僕は、知らず知らずのうちに自分で思っていたよりも大きな変化を村にもたらしていたらしい。


 僕の悲しんでいたことはもう過去のことになりつつある。村のみんなが未来に目を向けているのに、僕だけウジウジ過去ばかり見ていたらよくないよね。


「ありがとう、モートン。おかげで心が軽くなったよ」

「なんの、なんの」


 モートンは朗らかな笑みを浮かべていた。


「あ! キース様とじいちゃん!」


 その時、家の影からひょっこり顔を出したのは『赤のキツネ』の三人組だった。三人は多数のアクアスライムを連れている。いつものように村の見回りかな?


「キース様、長老、おはようございます!」

「「おはようございます!」」

「うん。みんなおはよう!」

「おはよう。皆もがんばっているようじゃな」


 みんなで挨拶を交わすと、『赤のキツネ』のリーダーであるネイサンが口を開く。


「最近、俺たちの出番増えてるんですぜ!」

「今はどこの家も赤ちゃんいるからね。そのお手伝いや畑の仕事。やることいっぱいなんだ」

「んだ」

「そっか……」


 モートンから聞いて赤ちゃんが増えているのは教えてもらったけど、いつも村のパトロールしている『赤のキツネ』のみんなは肌身でそのことを感じているらしい。


 僕もパトロールまではいかなくても、もっと村のことを知らないとなぁ。


「これからみんなは何をするの?」

「畑の仕事です! 畑を大きくしたから、今はどこも人手が足りないんです!」

「こいつらも総動員ですよ」


 ロニーが後ろに引き連れていたアクアスライムたちを指差した。アクアスライムたちは任せろとばかりにぽよんぽよん弾んでいた。頼もしいね。


「雨が降ってくれると、水やりやらなくてもいいから楽なんですがね」

「雨ね……」


 ネイサンが何気なく口にした雨という言葉。


 百年以上に渡ってこの地から奪われていたものだ。それを取り戻せただけでも無茶した甲斐があったよ。

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