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107/143

107 昔

「子どもが生まれても、八日しか生きられない……。じゃあ、その子は何のために生まれてきたのかわからなかった。かわいそうなことをしたと思ってます。そいで、オイラたち夫婦は子どもを作るのはやめたんです……」

「それは……」


 男が語ったのは、確かに衝撃的な内容だった。子どもを作ることへの忌避感が生まれても仕方がないと思えるほどに。


 そして、この場にいる誰もが男の言葉を否定しない。


 そのことがとても悲しかった。


 アクロイド村で実際にあった話だとわかってしまったから。


「それでもオイラは諦めきれなかった。でも、諦めちまった。また同じようなことになったらどうしようって、どうしても頭をよぎるんです……。でも!」


 男が僕の顔を見上げる。そして、僕の両手を取って、自分の額を押し付けた。


「キース様のおかげですべてが変わりました。もう残り少なくなっていく水や食料に怯えなくていいのがどれだけ嬉しいことか。それを見て、オイラも嫁も過去じゃなくて未来を考えられたんです」

「うん」

「二人でよくよく話し合って、そいでもう一回、子ども作ってみようって」


 それはどれだけの覚悟の必要なことだったのだろう。絶対に過去が二人を傷付ける選択だ。


 それでも、二人は子どもが欲しかったのだろう。過去を乗り越え、未来を見るために。


 そして、二人は子どもを授かった。


「すべてはキース様のおかげです。キース様は、村だけじゃなくて、オイラたちの未来も変えてくれた!」

「たしかに、僕は少しだけお手伝いできたかもしれない。でも、二人の未来が変わったのは、二人が勇気を出して前に踏み出したからだよ」

「そんな! 少しなんかじゃ!」


 そう否定しようとする男に僕は言う。


「僕に人の心を変えるような魔法は使えないよ。変わったのは、二人ががんばったからだ。僕がそのお手伝いができたのなら、僕は嬉しいよ」

「なんて謙虚なお方なんだ――――!」


 男は感動したように涙ぐんだ声で言うけど、僕としては男とそのお嫁さんに拍手を送りたい気分でいっぱいだった。


 先ほどまでの男の慟哭を見ていれば、どれだけ大きな心の傷なのか、僕にだって少しはわかるつもりだ。そんな傷を抱えて生きるのも辛いし、ましてや真正面から見るなんて僕にできるかどうかわからない。


 でも、二人はそんな大きな心の傷を乗り越えてみせた。


 まだジクジク痛むかもしれない。それでも、未来を向いて歩いている。


 それはとてもすごいことだと思ったんだ。


 みんな、僕の魔法をすごいと褒めてくれるけど、僕の魔法よりも二人の歩みの方がもっと立派だ。


 なんだか僕まで泣けてきちゃった。


 お酒造りを見に来ただけなのに、まさかこんなことになるなんてね。



 ◇



 その後、僕は樽に入っているお酒を見て確信した。僕の魔法を使えば、アルコール度数を高めることは可能だ。そんなに難しいことじゃないので、たぶんアクアスライムたちにも可能だろう。


 僕が見たところ、アクロイド芋で造ったお酒のアルコール度数は、だいたい九度か十度くらいだった。


 このくらいでも度数が高いって言われてるんだから、九十度のお酒とか造ったらどうなるんだろうね?


 九十度とかになると、もうほとんどアルコールだ。燃えるよ?


 燃えるほど強い酒ってことで行商人に宣伝してみようかな?


 これは話題になること間違いなしだね!


「はぁ……」


 嬉しい発見もあったけど、悲しい発見もあった。


 僕はあの男の慟哭が忘れられなかった。


 たしかに辛い環境だけど、僕の目にはアクロイド村は平和そうな村に見えていた。でも、その陰で泣いている人もいる。


 そのことに気づけなかった自分が悔しい。


 そして、気になったことがもう一つ。いつも優しい村人が、男の慟哭を聞いても心を動かしていなかった。


 まるで、もう慣れたと言わんばかりの態度。


 そこから考えられるのは……。


「モートン、ああいう話はよくあることなのかな……?」


 モートンは何と言おうか迷っているのか、何度か口をパクパクさせて、溜息を吐く。


「はぁ……。察しがよすぎるのも考え物ですな」


 そう言って肩を竦めるモートン。


「キース様のおっしゃる通り、この地ではそう珍しくもないことでした。昔はね」

「昔?」

「キース様が、あの大壺に水を入れるようになる前の話です。儂らは毎年飲み水にも苦労するほど乾いておりました。それでも、生きるには芋を育てねばなりません。だから、儂らは水を飲みたいのをグッと堪えて畑の芋に水を与えるのです。ハッキリ言って、アクロイド村は限界でしたよ。それこそ、母親が生まれてきた赤子にお乳を与えたくてもお乳が出ないなんて日常茶飯事でした」

「…………」


 僕は声が出なかった。


 アクロイド村が、思ったよりもひどい状況だった。


 きっと、生まれたけど育てられなかった子どもの数は、僕が思っているよりも多くて、それだけ多くの人が悲しみ、心に傷を負っているのだろう。


 たぶん、村の人たちが僕を過剰に持ち上げるのは、そういった背景があるからかもしれない。

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