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106 お酒造り見学と、とある男の慟哭

「あ! 坊ちゃん! それに長老まで! こんなところにどうしたんです? 奥様から固く禁じられてますんで、お酒はあげれないですよ?」


 酒造りを任されているリーダーなのか、四十代くらいの男が僕たちを出迎えた。大きな鷲鼻を真っ赤にした男だ。


 それにしても、母上は僕がお酒を飲むのを本気で禁止しようとしているらしい。まさか、先手を打っているとは思わなかった。


 まぁ、まだ僕は五歳だし、子どもはなんにでも興味を持つものだ。母上としては止めるのは当然かもしれない。


 そんなことしなくても飲まないんだけどなぁ。


「キース様がお酒造りに興味がおありのようでな。お連れしたのだ」

「そいつはありがたいですねえ」


 そう言って、鷲鼻の男はその場に跪いて頭を下げる。


「キース様の魔法のおかげで、毎年のように酒が造れやす。これがありがたいのなんの! オラたちの感謝を受け取ってくだせえ」

「いやいや、立ち上がって。膝が汚れちゃうから」

「ありがとうございやす」

「疑問なんだけど、お酒って毎年造るものなんじゃないの?」


 僕の頭に浮かんだのは、ヨーロッパなどのワイン造りだ。あれは毎年の年中行事だったはず。アクロイド村では違うのだろうか?


 僕に問われた鷲鼻の男は、ちょっと悲しそうな顔を浮かべて語る。


「キース様がお生まれになる前の話です。村では、酒造りは余力がある時しかできやせんでした。芋を育てるのにも、人が生きていくのにも水が必要です。ですが、この水に余力なんてなかったでやす……」

「あぁ……」


 僕が思い出したのは、アクロイドの大壺だった。


 雨が降らないアクロイド村では、村人たちが水魔法で生み出した水しかなかった。それも、全員が水魔法を使えるわけじゃない。たまたま水属性の魔法が使える村人たちが、村を支えるために魔力のすべてを使って水を生み出していたのだ。


「それを変えてくださったのがキース様でやす!」


 鷲鼻の男は、先ほどまでの悲しい顔など知らないとばかりに笑顔を浮かべていた。


「キース様の生み出してくだすった水がすべてを変えてくださいやした! それまでは、乾燥に強いはずのアクロイド芋さえ枯れて、自分たちの飲み水にも苦労していたのに、それが一気に解決しやした! それから毎年アクロイド芋は豊作で、飲み水にも苦労してやせん! おかげでこうして余った芋で酒が造れる! きっとキース様は、今までのアクロイドの苦労を見て、女神さまが遣わしてくだすった御子様にちげえねえ!」


 気が付けば、鷲鼻の男は鼻息も荒くそう力説していた。


「いや、僕はそんなすごい者じゃ……」

「そんなはずねえ!」

「そうだ! キース様は特別なお人なんだ!」


 否定しようとしたら、いつの間にか僕たちの話を聞いていたのか、作業をしていた男たちまで僕を熱い視線で見ていた。


「水で困らねえ生活がくるなんて、思いもよりやせんでした」

「そうっす。こいつらもキース様が連れてきてくれましたしね」


 そう言って、アクアスライムを撫でる男。


 その手つきは、まるで宝物を大事にするような繊細な手つきだった。


「オイラにはまだちっせーガキがいるんです。これも、キース様のおかげです!」


 まだ僕を褒めるターンが続くのか、一人の男がそう叫ぶ。


 でもさ、さすがにそれは僕関係ないんじゃない?


 僕がピンときてないのが伝わったのだろう。男は今まで以上の熱意を持って口を開く。


「悔しい話。アクロイド村での生活は楽じゃなかった。食べ物も飲み水も限られる。言っちまえば、アクロイド村で生きていける人数は限られてる。オイラの嫁が子供を産むのはこれで二度目です。一度目は……ひどいもんだった……」


 男の声が涙混じりになり、ついに崩れ落ちるように床に手を突いた。その姿は、まるで懺悔しているように僕には見えた。


「お乳がね、出ないんですよ……」


 絞り出すような声だった。


「村のみんなが気を使って、自分たちの分を減らしてでも芋や水を嫁に多めにくれるんですよ? でも、お乳が出ない! 嫁はもう子どもを産んだだけで限界だったんだ。もうどうしていいかわからなかった……。仕方がないからヤギの乳を薄めてやりましたよ。でも……オイラの子は、生まれてから八日後に死んじまった……」


 男が、やるかたない憤りをぶつけるように右の拳で床を叩く。


 あまりに強く叩くものだから、拳の皮が破れ、床に赤の色が広がっていった。


 僕は居ても立っても居られなくなって、アクアから飛び降りると、男の右腕を受け止める。


 重い。


 とても重い拳だった。それだけの思いが後悔が乗っているのだろう。


「大丈夫?」


 僕が問うと、男は泣き腫らした顔を上げて頷く。


「すいません、キース様……。この話になっちまうと、いつもこうでして……。すいません……」

「大丈夫。大丈夫だから」


 僕は男の背中を優しく撫でる。


 すると、それに押されるようにして、また男が口開いた。

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