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101/143

101 モートン

 儂はモートン。このアクロイド村での長老である。


「ゴホッ。ふう、くたびれたわい」


 キース様のおかげで呪いの進行が抑えられ、咳の数もだいぶ減った。今では昔と同じように皆と共に農作業に精を出しておる。


 とはいえ、儂がやれるのはアクアスライムに指示を出すことぐらいだがな。


 アクアスライムは農業の知識がないが、動ける。儂は農業の知識はあるが、まともに働けん。そこが上手い具合に合致し、今ではアクアスライムたちに農業を教える立場になった。


 最初はキース様のお考えがわからなかった。弱いとはいえ、スライムもモンスターであることには変わりない。きっと悪さをすると思ったのだが、アクアスライムたちは悪さをするどころか、畑や村人に水を供給し、儂らの仕事の手伝いまでしてくれる。今ではアクロイド村になくてはならない存在だ。


 おかげで村人たちにも余力ができ、畑を広げてアクロイド芋の生産も上がった。ご領主様が取り寄せてくださったサトウキビなる作物も育てられる。


 それに、余力ができたことでアクロイド芋を使った酒造りも再開できた。


 アクロイド芋を使った酒は、味はいまいちだが度数が高い。だが、それはそれで需要があるようで、アクロイド村では貴重な外貨を稼ぐ手段にもなっている。


 今までは豊作の時にしかできなかった酒造りだが、今年は大豊作だ。村の者は皆、大豊作に喜んでいるが……。今日はなんだか皆が浮かない顔をしていた。


「まあ、仕方がないがの……」


 なにせ、ご領主様自ら、ご子息であるキース様まで連れて、発見された遺跡の調査に出かけている。皆、やはり心配なのだ。農作業中もどこか上の空だったことを覚えている。


「早くお戻りになってくれるとよいが……」

「爺ちゃん!」


 その時、孫のロニーが慌てた様子で家に帰ってきた。


「ロニー、どうした?」


 ロニー。儂の自慢の孫だ。『赤いキツネ』という少年たちのグループに入って、最近はアクアスライムたちを率いて村の者たちの頼みごとを聞いて回ったり、剣の修行をしているらしい。


 将来のアクロイド村を守る警備隊候補だ。


「領主様とキース様が帰ってきたんだ!」

「なに⁉」


 ご領主様たちが出発なさったのは今朝のことだ。数日分の食料を用意したとも聞いている。早くお帰りしてほしかったが、いくらなんでも早すぎる。


「何か問題でも起きたか……?」


 それとも、遺跡が思ったよりも小さかったのかもしれん。


「爺ちゃん! 早く迎えに行こうぜ!」

「うむ。そうじゃな」


 考えるのは後だな。ロニーの言う通り、ご領主様たちをお出迎えしなければ。


 ロニーと共に村の南端に行くと、すでに多くの村人とアクアスライムたちが集まっていた。


 皆、がやがやと話しているようだ。


 まったく、ご領主様のお帰りだぞ。快く出迎えずになんとする。


 儂が杖を突きながら近づくと、村人たちが左右に割れるように道を開けてくれる。ありがたい。


 そうして見えるのは、ご領主様とキース様のお姿だ。他にもシンディー先生やメイドのディアナ、トムは……なぜかアクアに包まれていた。何をやっとるんだ?


 儂は皆の前まで杖を突いて歩くと、大声でご領主様をお出迎えする。


「おかえりなさいませ、ご領主様!」

「「「「「おかえりなさいませ!」」」」」


 村の皆も儂に続くように唱和し、ご領主様をお出迎えする。


「皆、出迎えご苦労! 我らは使命を果たしたぞ! この地を覆う呪いは解けた!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 気が付けば、儂も歓喜の声をあげていた。


 アクロイドの呪いが解ける。こんな日が来るとは思いもよらなかった。


 ご領主様の掲げる魂が吸い込まれそうなほど見事な大剣も話に真実味が増して期待が持てた。


 しかし――――。


「呪いが解けたってことは、どうなるんだ?」

「そりゃおめえ……。どうなるんだろうな?」

「麦とか育てられるんじゃねえか?」

「この土でか?」

「さすがにそれは……」


 他の村人たちの言葉で、ふと我に返る。


 この土地は、もう悠久ともいえるほどの長い間呪われ、荒廃しつくされている。


 こんな土地に今さら呪いが解けたところで……。


 その時、突然この村を包んでいた水の壁がなくなった。


「あれ、水の壁が……」

「キース様もお疲れなんだろうぜ」

「そうだな」

「おい、みんなマスクだ!」


 儂も慌てて首に巻いていた布でマスクをすると、不意に手の甲にポツリと水滴が落ちてきた。


「ん? 水? どこから……」


 儂はハッとして空を見上げる。


 その時だった。


 最初はポツポツ降ってきた水滴が、今度はシャワーのように儂らを濡らしていく。


「空から水が降ってきやがった⁉」

「どうなってんだ⁉」

「キース様がまた何かやったんじゃ……?」


 村人たちは初めての現象に戸惑っていた。


「長老! こりゃなんだ⁉」


 もしや、これは――――!


「静まれ!」


 その時、ご領主様の声が村全体に響き渡る。


「皆、驚くのも無理はないが、落ち着くといい。これは雨というものだ。我らから奪われていたものだ。それを我々は取り戻したのだ! これで確信が持てた! アクロイドの呪いはもはやなにもない!」


 それは、長きに渡ってこの地を覆っていた呪縛からの完全なる開放を意味していた。


「これが、雨……」


 儂も知識では知っていた。しかし、体験するのは初めてだ。


「この地にも雨の恵みが……!」


 不意に、儂は涙を流していることに気が付いた。


 先に逝った友たちよ、見ているか? アクロイドの呪いは解けたぞ!

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