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元婚約者が令嬢を食い散らかす化け物になったので、生みの親に責任を取らせて成敗します  作者: Megumi@6/25『元社畜転生令嬢』電子書籍発売


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06.世界一幸せに

 セライナの言葉を皮切りに、教室の片隅に着衣を乱され組み敷かれた公爵令息を放置したまま、女達の対決が始まった。


「単刀直入に伺うわ」


 口火を切ったのは、セライナだった。


「貴女達は先日まで、わたくしと仲良くしてくださっていた。それが今では、揃いも揃ってそちらに転がっている殿方の……なんと言ったかしら? ああ、そう。“特別”、ですって?」


 セライナの言葉に、ぴくり、と床の上のエミリオの肩が跳ねる。


「あんなに慕ってくださっていたわたくしを見限った理由くらい、直接聞かせていただいてもバチは当たらないでしょう。——さあ、どうぞ?」


 令嬢達は互いに顔を見合わせ、それから、まずメアリーが口を開いた。


「……エミリオ様が、おっしゃったのです。私だけが、特別だと」

「私にも、特別だと」

「私にだって、特別だとおっしゃいましたわ」


 一人、また一人と、声が重なっていく。

 そして令嬢達は、まるで示し合わせたかのように——実際、示し合わせていたのだが——声を揃えていった。


 “宝石のようにきらめく瞳に、生まれて初めてこんなにも恋焦がれた”、と。


 しん、と教室が静まり返った。

 床の上のエミリオの顔色が、白から土気色へと、見事なまでに塗り変わっていく。


「ち、違……これは、その……」

「あら、素敵な口説き文句。……ちなみにそれ、ハンス・オイラーの詩集の十ページの一節ね」


 セライナはにっこりと微笑んだ。


「何故ページ数まで分かるのか、不思議かしら? 当然よ。その詩集をエミリオに贈ったのは、他ならぬわたくしなんですもの」

「っ……!」

「わたくしが十三の誕生日に贈った詩集で、片っ端からご令嬢を口説いていらしたのね。そんなに愛用していただけてたなんて嬉しくて、涙が出そうだわ」


 そして、とどめとばかりに、令嬢たちの後ろから、小柄な人影が進み出た。


「……エミリオ様。少々手違いがあったようですが、お手紙のお返事、確かに頂戴いたしました」


 エリサ・ミュラーは震える声で、しかしその場にいる全員にしっかりと聞こえるように、一通の手紙を読み上げた。


 “愛しいエリサ。僕も君との夜を忘れたことは、一日たりともなかった”——


「エ、エリサ、君まで……」

「ちなみにその結びに添えられていた詩は、最終ページの一節よ。恋の成就を詠った、わたくしが一番好きだった詩」


 セライナの声が、一段低くなった。


「——よりにもよって」


 その時である。

 それまでエミリオを押さえつけていた大男が、のそりと身を起こした。


 そしてエミリオに触れたことで付着した汚れを落とすかのように、ぱっぱっと体を払うと、未だ床の上に転がっている男を心底軽蔑しきった目で見下ろした。


「……お前、最低だな」


 皮肉なことに、この夜の大男のセリフの中で、それだけが唯一棒読みではなかった。


 大男は興が削がれたと言わんばかりに踵を返すと、窓枠に手をかけ、その巨体に見合わぬ身軽さで夜の闇へと消えていった。


「あっ……」


 エミリオは自由になった体を起こしもせず、とっくに見えなくなった背中を、呆然と見送った。

 助かった。助かった、はずである。

 それなのに、襲ってきた不審者にすら軽蔑の目を向けられ、見放されたという事実が、なんとも言えない痛みを胸に残した。


「さて」


 セライナの声が、エミリオを現実へと引き戻す。

 見上げれば、セライナと六人の令嬢が、いつの間にか自分を取り囲んでいた。


「は、謀ったのか……最初から、全部……! あの男も、エリサの手紙も、彼女たちも、セライナが……!」

「あら、人聞きの悪い」


 セライナは目だけは凍りついたまま、口元だけでそれはそれは優雅に微笑んでみせた。


「わたくしは今夜、彼女たちと話し合いの約束をしていて、たまたま部屋が被っただけよ。そもそもこの話し合いは、あなたが原因であることを、お忘れなく」

「じゃ、じゃあ……あの大男は!? あれは君の差し金だろう!!」

「存じ上げないわ、あんな殿方。……それに、考えてもごらんなさい」


 セライナは開いたままの窓に、ちらりと視線を向けた。


「わたくしに雇われたのだとしたら、雇い主の目の前で、未遂のままあなたに愛想を尽かして帰るかしら?」

「うっ……」


 反論できなかった。

 なにしろ、あの軽蔑の眼差しと捨て台詞は、どこからどう見ても本物であったからだ。


「さて、エミリオ・ホフマン。取引をいたしましょう」

「と、取引……?」

「跪いて、ここにいる全員に誠心誠意謝罪なさい。使い回しの嘘で乙女の純情を踏みにじったことを。そうすれば、今夜あなたが少女のように襲われたことは誰にも言わないし、あなたの悪行も表沙汰にはしないわ」

「……じ、次期ホフマン公爵である僕が、そんなこと、できるわけ——」

「あら、次期公爵ともあろうものが、婚約者のいる複数のご令嬢に手を出していたとなったら、流石のおじさまも黙ってないと思うけど?」


 セライナの一言に、エミリオは直ちに全面降伏をした。


「——します! 謝罪させていただきますっ!」


 かくしてエミリオ・ホフマンは、ランプの薄明かりの中教室の床に膝をつき、セライナと六人の令嬢に向かって、一人ずつ頭を下げた。

 途中途中でセライナたちが「あら、大きな人影が……」と言うたびにひどく怯え、最後の方は涙と鼻水で言葉になっていなかったが。


「……行きましょうか、皆様」


 すべてが終わると、セライナは何事もなかったかのように踵を返した。

 かつて愛した純粋で不器用だった男は、もうどこにもいない。

 しかし、それを惜しむ気持ちは、もうどこを探しても見つからなかった。


「それにしても、あんな男のどこが良かったのかしら」

「本当に。目を覚させていただいて、感謝しますわ」

「そういえば、先ほどの殿方とは、どういうご関係でしたのかしら?」

「あら、詮索は野暮よ。……それにしても、逢瀬の際にあげた声が廊下まで聞こえていましてよ」

「まあ、はしたない!」


 思い思いにエミリオに追い討ちをかけながら退出していく令嬢達。

 その最後尾で、エリサが一人、もじもじとしながら立ち止まっていた。

 輪に入っていいものなのか、決めかねているらしい。


 セライナは振り返り、腰に手を当てた。


「何をしているの、エリサ。早くいらっしゃい」

「え……で、でも、私は……」

「デボラにとっておきのシャンパンを用意させているのよ。ぐずぐずしていると、先に飲んでしまうわよ」


 当然のように自分を迎え入れてくれるセライナに、エリサの顔がぱあっと輝いた。


「は、はいっ!」


 子犬のように駆け寄ってくるエリサを横目に、セライナは薄く笑って教室を後にした。


 背後の床では、プライドをへし折られた元婚約者がまだ、ぐずぐずと啜り泣いていたけれど、知ったことではない。

 百年の恋を冷ましてしまったのは、他ならぬこの男なのだから。


 ◇◇◇


 その夜、セライナの部屋では、ささやかな祝勝会が開かれた。

 デボラが手際よく開けたシャンパンが、七つのグラスに注がれていく。

 グラスの底から絶え間なく立ち上る繊細な泡を、皆でエミリオの醜態を(さかな)にして上機嫌に楽しんでいた時。

 セライナの隣にやってきたエリサが、もじもじと口を開いた。


「あの……セライナ様」

「何かしら」

「その……許してくださって、本当に、ありがとうございました。私、一生かけても償えないと思っていたから……今夜、皆様と一緒に乾杯までさせていただけて、その……」


 ついに涙が堪えられなくなり、言葉に詰まるエリサを、セライナはきょとんと見つめ——それから、シャンパンを一口飲んでから嫣然と微笑んだ。


「あら、誰が許すなんて言ったかしら?」

「……え?」

「勘違いしないでちょうだい。貴女への試験が終わっただけで、償いはこれからよ。貴女にはこの先も、わたくしの手駒としてきっちり働いてもらうわ。——それこそ、一生をかけて、ね」


 女王様然と言い放つセライナを、エリサはしばらくの間ぽかんと見つめていた。

 それから、泣き笑いのような顔で、深々と頭を下げた。


「はいっ……! 喜んで!」


 ◇◇◇


 最後に、後日談を少しだけ。


 エミリオの悪い遊びについては、約束通り表沙汰にはならなかった。

 ただし、“表沙汰にしない”と、“泣き寝入りする”は、まったくの別ものである。


 後日、被害に遭った令嬢とその親達は、揃ってホフマン公爵家の門を叩いた。

 社交界に醜聞を流すのではなく、当主に直接、すべてを暴露したのだ。

 一件や二件ならもみ消すことも可能だったが、数が数だけに、ホフマン公爵は厳正に対処すると約束せざるを得なかった。


 かくしてエミリオ・ホフマンは廃嫡。

 学院からも、いつの間にか姿を消していた。


 なお、時を同じくして、エングルベルト侯爵家のとある料理人に、破格の臨時手当が支払われたそうだが——それはまた、別のお話である。


「お嬢様、旦那様からお手紙でございます」


 デボラが差し出した封筒には、見慣れた父の字が綴られていた。


 いわく——件の、誠実さに定評のある王太子殿下との茶会の約束が、正式に整った。

 時期は、殿下が視察にいらっしゃる今冬。心して備えなさい、我が自慢の娘よ。


 セライナは手紙を胸に抱くと、机の上に積まれたヴィンターハルト語の教本の山と、三冊目に突入したノートを見やった。

 そして窓の外に目を向けると、そこには抜けるような青空が広がっている。

 あの男の瞳よりも、ずっと澄んだ青だった。


「見ていらっしゃい」


 誰にともなく、セライナは宣言した。


「わたくしは、わたくしに相応しい本物の王子様と、世界一幸せになってみせるわ!」


最後までお読みいただきありがとうございました!

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