04.化け物を生んだ責任
罪人を裁くために必要なのは、情報収集だ。
“彼を知り己を知れば百戦あやうからず”とは、まさに真理だろう。
セライナは兵法など知らないが、貴族社会という戦場で培った勘がそう告げていた。
そして、いざ蓋を開けてみれば。
「……“君だけが特別だ”?」
「は、はい。メアリー様にも、ローズ様にも、キャロル様も……皆様、一言一句同じことを言われたと」
出るわ出るわ。
エミリオと関係を持ったであろう令嬢たちをエリサに洗わせると、あの男の手口は呆れるほどひねりがなかった。
いわく、婚約は家同士が決めた不本意なものだった。
いわく、本当に心から通じたのは君が初めてだ。——君だけが、特別だ。
「“特別”が随分たくさんあるのね。わたくしが言葉の意味を取り違えているのかしら?」
問題は、令嬢たちが揃いも揃って、まだ夢の中にいることだった。
「エミリオ様に限って、そんな……だって、あんなに真剣な表情で、私だけは特別だと……」
そう言い張ったのは、伯爵家のメアリーだ。
かつてセライナの取り巻きの一人として、二つ隣の席に座っていた令嬢だ。
彼女はセライナが何を言っても、耳を塞いでしまって話にならない。
ところが——
「あの、メアリー様。“宝石のようにきらめく瞳に、生まれて初めてこんなにも恋焦がれた”と……そう、言われませんでしたか?」
それまで後ろに控えていたエリサが、おずおずと口を開いた途端。事態は一転した。
「なっ……ど、どうしてそれをっ!」
「私も、同じことを言われたからです。一言一句、同じことを」
「……」
「メアリー様の瞳はグリーンで、私の瞳はブルー。便利ですよね、宝石っていう言葉。……いろんな色がありますから」
メアリーの顔から、すとん、と表情が抜け落ちた。
——そこから先は、あっという間だった。
何しろ、エミリオの口説き文句はすべて、かつてセライナが贈った詩集から引用されていたことが判明したので。
かくして数日のうちに、セライナの周りには早々に彼女を見限って“エミリオの特別”になった、取り巻きたちが全員戻ってきたのだった。
調子のいいこと、と思わなくもなかった。
しかし、不思議と腹は立たない。
彼女たちは貴族らしく打算で生きていて、物事の判断基準は“情より損得”。
——要するに、自分とそっくりなのだ。
利己主義者同士というのは、案外、一緒にいて楽なのである。
余談だが、エリサの働きぶりは目を見張るものがあった。
小柄で目立たず、警戒されず、そのくせ相手の言葉を一言一句記憶している。
それほど期待をしていなかったセライナにとって、それは嬉しい誤算であった。
◇◇◇
それから初めて迎えた休日。
セライナの寮の部屋に、六人の令嬢が召集された。
デボラの淹れたハーブティーを前に、彼女らは三者三様の表情を浮かべている。
しかし、そのどれもが怒りや悲しみといった、負の感情からくるものであるというのは、言うまでもない。
「——それで、皆に集まっていただいた理由だけれど」
セライナは優雅に一口紅茶を含むと、宣言した。
「あの男に、乙女の純情を踏みにじった報いを受けていただきましょう」
一同が、ゴクリと息を呑んだ。
「こ、殺すんですか……?」
「……うちの領地の外れにある湿地帯なら……遺体を沈められますけど」
「失礼ね、わたくしがそんな野蛮なことをするわけがないでしょう?」
物騒なこと言い出した令嬢たちを睨みつけると、セライナは計画の概要を語った。
必要なものは三つ。
あの男を誘い出す餌と、人目につかない場所と、そして——とっておきの仕掛け人だ。
「餌の手配はこちらでするわ。人目につかない場所は、エリサがよくウジウジするのに使っている、あの空き教室でいいでしょう」
「ウジウジ……」
「では、とっておきの仕掛け人は……?」
ショックを受けるエリサを黙殺し、恐る恐る質問をしたメアリーに、セライナは悪役令嬢さながらの笑みを浮かべた。
翌日の放課後、セライナは実家からある人物を呼び出した。
エングルベルト侯爵家が誇る料理人、ウルスだ。
二メートル近い長身に、鍛冶屋と見紛う剛腕で牛を一頭丸ごとさばいてしまう大男は、しかしその実、心優しい愛妻家であり——先月、初めての娘が生まれたばかりの、新米の父親でもあった。
学院に程近い場所にあるレストランの椅子に、窮屈そうに収まった大男は、セライナからことの次第を聞くと、みるみる顔を赤黒くさせた。
「……つまり、エミリオ様はお嬢様を裏切るだけでは飽き足らず、口先でご令嬢方を騙しては遊んでいると」
「ええ」
「それも、お嬢様が贈られた詩集の言葉を引用して」
「ええ、そうよ。本当に薄っぺらい男よね」
「……お嬢様」
ウルスは岩をも砕きそうな拳を、血管が浮き上がるほど握り込んだ。
「俺は先月生まれた娘が、可愛くて仕方ありません」
「知っているわ」
「そして、烏滸がましいことですが……俺は幼い頃から存じ上げているお嬢様のことも、実の娘のように大切に思っております」
「ウルス……」
思いがけない言葉に、セライナの瞳は柄にもなく感動で潤んでいく。
しかし、続くウルスの言葉に、あっけなく涙は引っ込んだ。
「それで、お嬢様。俺は何をしましょう? 実は最近旦那様がジビエ料理に凝っておりまして、俺もだいぶ解体の腕が——」
「解体はしなくていいのよ」
なぜこうも、皆すぐに物騒な方向へ行ってしまうのか。
セライナはため息をつくと言った。
「手伝って欲しいのは、ちょっとした芝居よ。包丁を持つ必要はないわ。ただ、あの男に——これまでの生き様を後悔するくらい、怖い思いをさせてやりたいの」
セライナが声をひそめて計画の詳細を語ると、ウルスは目を丸くし、それから、にやりと凄みのある顔で笑った。
「なるほど……。ご安心ください、素手で震え上がらせるのは得意分野です! いつも若いのが手を抜いた時にやっておりますから」
「あら、頼もしいわ」
とっておきの仕掛け人は確保できた。
残るは、誘い出すための餌である。
◇◇◇
「わ、私がエミリオ様に、お手紙を……?」
セライナの自室に呼び出されたエリサは、目の前に置かれた真っ白な便箋を見て、分かりやすく青ざめた。
「そうよ。文面は、そうね……“あの夜のことが、どうしても忘れられません。もう一度だけ、二人きりでお会いしたいです”。場所は例の空き教室で、日時は——」
「む、無理です! 私、嘘をつくのが本当に下手で、その、文字もきっと震えてしまうし、それに、あの」
「エリサ」
ピシャリと遮られ、エリサの肩がびくりと揺れた。
「いい? あの男が今ああして手当たり次第に令嬢を食い散らかしているのは、貴女との一夜で味を占めたからよ。言うなれば貴女は、あの化け物の生みの親。——責任を取りなさい」
「う、生みの親……」
「そうよ。世の中に害をなす化け物を解き放ってしまったのなら、それを生み出した本人がきちんと始末しないと」
我ながら、無茶苦茶な理屈だという自覚は、セライナにもあった。
しかしエリサは、口を開いたまま呆然としてから——吹っ切れたような顔で、ペンを手に取った。
「……書きます。書かせてください」
そして、その手紙を出した翌日。
“愛しいエリサ。僕も君との夜を忘れたことは、一日たりともなかった”
そんな一文から始まる歯の浮くような返信には、ご丁寧に、文末に例の詩集の一節まで添えられていた。
回し読みをした令嬢たちの目が、一斉に据わったのは言うまでもない。
「あの詩集はてっきり、枕代わりにでもしているのかと思ったら……きっちり最後の一文まで読んでくれていたみたいね」
最後にセライナが手紙を握りつぶすと、宣言した。
「さあ、皆。覚悟を決めなさい」




