03.戦犯を駒にする
セライナは考えた。
さて、何から手をつけようかと。
復讐のために色々とやりたいことはあるが、一人では限界がある。
「……まずは駒が必要ね」
都合よく使えて、令嬢たちに警戒されない——そして、あの男の懐に入り込める駒。
思い当たるのは、ただ一人。
今回の件における戦犯、エリサ・ミュラーだ。
あの騒動以来、彼女の周りから人が消えた。
男爵家という元々の立場の低さに加えて、年頃の娘が婚前交渉などという醜聞まで流れてしまっては、進んで近づきたがる者などいない。
エリサはかつてそうしていたように、陽の当たらない空き教室で一人、膝を抱えてうずくまっていた。
セライナに褒められて以来、ずっと大切にしていた髪飾りもつけず、ただ小さく、小さく丸まって。
そんな彼女の感傷的な空気などには一切配慮せず、セライナは勢いよく教室のドアを開けた。
「ごきげんよう、エリサ」
予想外の出来事に、エリサは弾かれたように顔を上げた。
そしてセライナと目が合った途端に、生気のない顔がますます青ざめていった。
「セ……セライナ、様……」
「あら、そんなに怯えないでちょうだい。紅茶なら持ってきていないわよ」
「っ……!」
エリサは視線を彷徨わせながら、消え入りそうな声で言った。
「わ、笑いに、いらしたのですか……それとも、その……仕返し、に……」
「両方違うわ。わたくしはただ、確かめにきただけよ」
セライナは腰に手を当てると、値踏みするようにエリサを見下ろした。
「貴女、わたくしにしたことを、本当に悪いと思っているのかしら」
「っ思っています! 毎日……毎晩、後悔して……」
「そう。ところで貴女、子爵家との婚約が破棄されたそうね」
セライナの言葉に、エリサの肩がびくりと跳ねた。
「ふしだらな娘は当家に相応しくない、だったかしら? 随分な言われようだこと。同じくふしだらなあの男は、未来の公爵夫人探しとやらでお忙しくしているっていうのに」
傷つき、ぼろぼろと涙を流すエリサに、セライナは容赦なく畳みかける。
「ねえ、貴女は悔しくないの?」
「……え?」
「あの男は今も呑気に遊び呆けているというのに、貴女はふしだらな娘と後ろ指をさされて、婚約破棄をされて、陰口の格好の餌食になって……惨めったらしくこんなところでうずくまっている」
大きなため息をつくと、セライナは泣き腫らしたエリサの顔を正面から覗き込んだ。
「同じ一夜の過ちだったはずなのに、あんまりだと思わない? ——女だから、というだけで」
エリサのまつ毛が震えて、残っていた涙が一粒、ぽろりと落ちる。
そして、それ以上涙がこぼれることはなかった。
「貴女にプライドがあるのなら、うずくまっている暇なんてないはずよ」
「セライナ、様……」
「本当に悪いと思っているのなら、償う機会を差し上げるわ。——わたくしに協力なさい」
長い沈黙が、二人の間に落ちた。
言葉を探すように、エリサが口を開いては閉じるのを、セライナは黙って見つめる。
やがて、エリサは膝を抱えたまま、少しずつ語り始めた。
「……私、周囲に馴染めなくて、ずっと浮いていました。男爵家の、それもお金で爵位を買った家の娘だからって、誰にも相手にされなくて。そんな私に、最初に声をかけてくださったのが……セライナ様でした」
「……そう」
普段は取り巻きごときに配慮など必要ない、と考えているセライナだったが、この時ばかりは言葉を飲み込む。
そして、エリサに声をかけたのは、美しい髪飾りを手に入れるためだったという事実を、永遠に闇へと葬り去った。
「本当に、嬉しかった……! セライナ様はいつも堂々としていて、美しくて、誰にも媚びなくて……私も、貴女みたいになりたかった……」
「知ってるわ」
「エミリオ様との将来を語るときに見せる、可愛らしい表情も大好きで……でも同時に、自分と比べて、苦しくなった……」
そう言うと、エリサは抱えていた膝に顔を埋めてしまった。
「……私の婚約者は、父より年上で。嫌だと言っても、家のためだからと、誰も聞いてくれなくて。……それで、私……嫁ぐ前に一度だけ、未来のセライナ様と同じ気分を、味わいたかったんです……」
「は? 馬鹿じゃないの?」
「っごめんなさい! ごめんなさい……本当に……」
セライナは怒りのあまり、目の前の女の髪を引っ掴んで、平手打ちをしてやりたくなった。
しかし、エリサがあまりにも惨めったらしく泣いているせいで、手を振り上げる代わりに、大きなため息が出てしまう。
この涙が本物なのか、それとも演技なのか。
正直なところ、セライナには分からなかった。
一度煮え湯を飲まされた相手を無条件で信じるほど、彼女はお人好しではないので。
しかし、どちらであろうとも、駒として使えるのであれば問題ない。
そう判断したセライナは、改めてエリサに問うた。
「それで、返事は? わたくしに協力するの?」
エリサは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、袖口で乱暴に目元を拭うと——こくり、と頷いた。
「私にできることなら、なんでも。……あの、でも、一体、何をすれば……?」
駒は手に入った。
あとは計画を実行に移すだけ。
セライナは勝利を確信し、とびきり悪どく微笑んで見せた。
「簡単なことよ。——あの男を地獄に叩き落とす手伝いをしてもらうだけ」




