◇第八話
そして次の日。昨日寝る前に鍵を閉めていたためノックの音で目が覚めた。外から私を呼ぶ声がして、入っていいかという声を断った。必要なものをサービスワゴンに乗せて扉の近くに置いておいてと指示をした。
その中には普段着も用意されていた。一体どう用意したのか聞きたいところではあるけれど、仕方ないわね。
「食事はここに持ってきて」
「ですが、旦那様が食堂でお待ちです」
「ふぅん……」
へぇ、帰ってきているのね。意外だわ。
「食事をしながらお話をしたいとのことです」
「……話をする事はないわ。ここに持ってきてちょうだい」
渋ってはいたけれど、執事はその通りにしてくれた。けれど……
「何故来ない」
「あら、おはようございます公爵様」
いきなり入ってきては、私の食事する丸テーブルに音を立てて手を付けた。レディの部屋にノックもせず入ってくるなんて、何様のつもりなのかしら。
けれど彼は、謝罪するでもなく昨日のような睨みつけるような視線を向けてくる。とりあえずその視線を何とかしてほしいものね。そう思いつつ朝食のソーセージを一口。無視しているように思ったのかだいぶご機嫌斜めのよう。
「お仕事はいかがなさいました?」
「話があると言っただろう」
「あらそうですか。ですが、アーデルへイド王国近衛騎士団副団長ともあろうお方がこんなところにいらしてよろしいのですか? お兄様達に何かあればどうなさるおつもりですか?」
「……」
「その話は最重要ではございませんから、後に回してもよろしいかと」
「……ブリジットはもう王城の牢に送った。これでもまだ不満があるのか」
不満、ね……この言い方じゃ、私がただ駄々をこねたように聞こえるじゃない。分かってるのかしら、この人は。とはいえ、期待など全くしていない。
けれど、昨日からずっと思っていた。
その鋭い視線に……——虫唾が走る。
気が付けば、無意識に私は食事用ナイフを彼の首に突き付け目を光らせていた。クラリスがこの家に嫁いでから1年半。ずっと、ずっとクラリスにそんな視線を向けていた事。そして……彼が原因でこんな事になっていた事に、非常に腹が立つ。
「……どういうつもりだ」
彼もテーブルにある食事用ナイフで受けようとしていたようだけれど、一歩遅かったようね。
団長ともあろうお方がこの程度とはね……
本当はこのまま突き刺したいところではある。けれど……早まるな。
「久しぶりにお会いしましたから、少々舞い上がってしまっているのです。ご容赦くださいな」
「……」
早まるな。早まるな。
そう自分に言い聞かせても……
『たった今、アーデルへイド王国から使者が来て……クラリスを連れてきた』
この記憶は、一度も、忘れたことがない。
だから、勝手に動いてしまった。
我慢が、出来なかった。
「うっ……!?」
部屋に、大きな音が響いた。
部屋の床には、抉れるような跡が残っている。そして、一瞬にして後退した公爵。あの一瞬で私が放ったエネルギーの塊を腰に下げた剣で受け止められるとは。
でも、見たところその剣はヒビが入ってる。恐らくそれは魔道具かしら。でもただのガラクタね。
「……昨日執事から送られてきたあの魔道具は魔力をせき止めるものだと確認した。そして、問題なく作動していたことも。だが、お前は何事もなく魔法を使っていた」
「魔法、ね……」
「……? もしお前が魔道具では抑え切れないほどの魔力を持っていたのなら、あの時点で魔道具が壊れるはずだ。一体何をした」
確かに、そうであるなら壊れていたでしょうけれど……そんなもので私を抑えられるとお思いなら、滑稽ね。
でもね……私がそれを教える義理などこにあるのかしら?
私は、一瞬にして彼に迫り、私に向けている剣をエネルギーを込めた手で掴み粉砕。もう片方の手で彼の顔を掴み、床に叩きつけた。
「……お前のせいで……」
彼は、今何が起きたのか理解出来ていないだろう。けれど……腹の虫が、収まらない。はらわた煮えくりかえって、このままこのナイフで心臓を突き刺してしまいたい。そんな欲望に駆られてしまう。
「ぐっ……!?」
「……お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでっっ!!」
顔を掴む手に力が入る。彼も抵抗しようとしたけれど、今私の体内から滲み出るエネルギーによって体を押し付けられ動けずにいる。
「クラリスが……何をしたというの……っ!! 言ってみなさいよっ!!」
彼女は言った。結婚後の初夜に寝室に来てはこう言われたと。
『これは国際結婚であり、私は命じられて応じた。だがお前を愛するつもりも、関わるつもりも全く無い。余計なことはせずこの屋敷にいろ』
そう言い残し、寝室を追い出された。
ただ一方的に拒絶されたクラリスの身にもなってみろ。この身ひとつでわざわざ嫁いできてくれたというのに、何様のつもりだ、この男は。
そのせいで、そのせいで……
——クラリスは、骨となって帰ってきたのだから。
「お前のせいで、クラリスは苦しんだ。苦しんで苦しんで、耐えに耐えてきた。だというのに、お前は何様のつもり? クラリスに歩み寄ることもせずあんな言い方までして……自分が何を招いたか、しかと思いしればいいわ……!!」
「ガハッ……!?」
エネルギーを思いのままにぶつけ、彼の身体はミシミシと床にめり込んだ。
本当は殺したい気持ちが強いけれど、それでは生ぬるい。それに、これから行くところがある。
これから、ずっとお会いしたかった彼女とまたご対面出来るのだから。
あぁ、今から胸が躍りそう……待っていてね。




