◇第六話
その後、私とクラリスは入れ替わったまま会場に戻った。そして、その通りに演じた。
その中には、お兄様もいた。私達を見たお兄様は、一瞬目を見開いたけれど、さも気付いていないように振る舞ってくれた。
「……じゃあ、気を付けてね」
「えぇ、お姉様も」
そして、クラリスが乗ってきたロッセル公爵家の馬車に私が代わりに乗り、私の皮を被ったクラリスと別れた。
恐らく、お兄様はこの後クラリスを問い詰める。きっとクラリスはちゃんと説明してくれるだろう。それに、お兄様の近くであれば安全だし、クラリスが私に変装している事が早々にアーデルへイド王国側にバレる事はない。
なら、安心出来るわ。
そして、馬車が停まる。ロッテル公爵邸に辿り着いたようだけれど、一向に馬車のドアが開かれない。なるほど、自分で開けろという事ね。
仕方なく自分で開けるも、誰も出迎えがいない。勝手にそのまま降りて表玄関を開けて入った。
これも全部、クラリスの話通りね。周りにちょうどいたメイドは、私を見ては目を背け声をかける事もなく行ってしまう。さも、私は透明人間だとでも思われているよう。
クラリスの話を思い出し、私は勝手に玄関から廊下に向かった。そして、階段を上り二階、三階、そして四階に。この廊下の一番端にあるドアを開けると……あった。
ここが、クラリスの部屋。私がいつも使っている部屋の4分の一くらいの広さがあって、小さなベッドにローテーブルに引き出しだけが置かれた部屋。まるで、使用人が使っているような部屋ではあるけれど、清潔さはあまりない。
「クラリス……」
貴方は、ここで一人、嫁いでから1年半も耐えてきたのね。
悔しいわ……私達はただ、自国で普通に、何事もなく暮らしていたというのに。クラリスがこんな扱いを受けている事すら知らなかった。
そして、引き出しの一番下。その中に見つけた……手帳。クラリスは手帳を付ける事が好きだった。対する私は面倒くさいと付けていなかったけれど、小さい頃は私の代わりに日記を書いてくれていた事は覚えている。
それを開くと……綴られているクラリスの字に懐かしさを覚えた。けれど、綴られている内容。とある部分を開き、目を通しては……
「……はは……あ、はは……アハハハハハハハハハハハっ!! この国は舐め腐っているのね!!」
つい、笑いが出てしまった。内容は大体知っている。クラリスに大体の話を聞いていたから。
もちろん、クラリスが嘘をついているなんて事はないと確信しているわ。けれど、改めてその事実を目の当たりにし、そんな馬鹿な話があったものだなと呆れを通り越して賞賛を贈りたくなる。
私の大事な、大事な、自分の片割れであるクラリス。私にとって宝物であり自分の全てでもあるクラリスに手を出されたんだ。私が黙っているわけがない。
「なら……何をしてもいいわよね?」
クラリスにはお兄様が付いている。例え国際結婚だったとしても、お父様が怒ればどうなるか、私はよく知ってる。
舐められたものよね、本当に。やっぱり、この国には私が嫁ぐべきだった。何を言われても、クラリスを犠牲にするべきではなかった。
「クラリスっ!!」
その時だった。ヒールの音が聞こえたかと思ったら、いきなりドアが開かれそんな声が部屋に響いた。振り向けば、先ほどお会いした彼女が、鬼の形相で私に近づいてきた。
「ねぇ、あの後貴方どこにいたの?」
「……」
「まさかアンタの姉に余計な事言ってないわよね? 殿下に言われた事、忘れたわけじゃないでしょ」
なるほど、私達と別れた後、クラリスと私が会場にいなかった事に危機感を覚えてここに来たという事ね。でも、〝アンタの姉〟だなんて、ユディッタ王国を舐めてるのかしら。
確か、ブリジット・マレルブだったかしら。本当に、この家のうじ虫みたいね。クラリスの夫のいとこである彼女は、クラリスをこんな場所に追いやった張本人。彼女は彼女でこの邸宅を好き勝手してきたみたいだけど……
「……何、その目。馬鹿にしてるの? 何とか言いなさいよっ!!」
彼女は、手を振りかざした。そして、私の頬目がけて振り下ろした。乾いた音が響いたけれど、私の頬に痛みはなく、代わりに彼女の顔が歪んだ。
「なっ!?」
私が、彼女の手首を掴んだ。これをへし折りたい気持ちは山々ではあるけれど……それだけではつまらないわ。
「何をそんなにわめいているの? 淑女が聞いて呆れるわ」
「なっ……何を偉そうにっ!! ユディッタ王国の奴らが来ていい気になってるの? はっ、馬鹿にも程があるわよっ!!」
「……」
「アンタがユディッタ王国使節団が帰った後に死ぬことは決定事項。でもね、アンタが何か粗相をすればあの女がどうなるかしら。アンタがかばったあの女が!」
「……」
「いいのよ? 私が明日殿下に告げ口しても。そしたら最後、あの女も首が切られてアンタと仲良くカラスのエサになるでしょうね!」
そう勝ち誇ったような目を向けるマレルブ嬢に、呆れてしまう。なるほど。でもね、貴方の後ろにいるその殿下はもしあなたが粗相をしたら助けてくれるかしら?
「あら、それは大変だわ! なら……——貴方の口をふさがなきゃね?」
「ぇ……」
私は、彼女の腕を離しては、次に彼女の胸ぐらを掴んだ。
彼女の知っているクラリスとは全く違う様子に、彼女は困惑した様子を見せた。あら駄目よ、こんな事で困惑したら。もししていたとしても、相手にそれを見せてはいけないわ。
「さて、首を切るんだったわよね。そうねぇ、でもそのまま切ってしまってはつまらないわ」
「あ、なたっ……ぇ……!?」
笑顔を見せた私は、指を鳴らした。その瞬間、この部屋の気温が急上昇していく。一体何が、と彼女は辺りを見渡し始め、顔色を変えていた。
焦りを見せ、彼女の胸ぐらを掴む手を外そうと腕を掴んでくるけれど……このまま離すわけがないでしょ。
「どっどうしてっ……あっ貴方正気っ!?」
「あら? どうしたの?」
「なっ!?」
この部屋にあるろうそくの周りから火が噴き出した。そして、この部屋をどんどん侵食してきている。私達のところにまで火が回るのも時間の問題。
さて、この危機からどう脱出する?
「はっ離してっ!! 離してってば!!」
「あら、それは人に頼む態度かしら? 淑女なら淑女らしくお願い出来るでしょ? 忘れたの?」
「あっ貴方怖くないの!? 頭おかしいでしょ!!」
「あら、おかしいのは貴方の方ではなくて?」
「はぁ!? さっさと離しっ、うっ゙」
私は、掴む胸ぐらを持ち上げた。足が床に付かなくなり彼女はジタバタと暴れるけれど、これくらい朝飯前ね。
「あんなにアーデルへイド王国の淑女の在り方を解いてきたくせに、これだけ取り乱しているのだからお勉強が足りないんじゃないの? これでは人前に出ても恥ずかしいだけよ?」
「っ……」
彼女が私を睨みつける。けれど、この状況で彼女は無力そのもの。さっさと魔法を使えばいいのに、彼女が持っていたらしい魔道具、鞭は床に落ちてしまっている。自分から魔法を繰り出すことが出来ないのかしら? 何という腰抜け。はっ、実に滑稽よ。
もし私がこのままあの火に投げ込めばどうなるか、分かっているのかしら。
「逃げたい? そうよね、死にたくないわよね。じゃあ……貴方が奪った宝石箱。どこにあるか言えたら離してあげる」
「っ!?」
「まさか、捨ててはないわよね。人のものを奪って捨てるだなんて、ばちが当たるわよ?」
何故私がその事を言い出したのか。ここまでしてその宝石箱を返してほしかったのか。聞きたいことはあるでしょうね。けれど私が睨みつけると、一瞬怯んだような表情を見せる彼女は、もう近くまで火が回っている事に気が付けばすぐに口を開いた。
「わ、私の部屋にあるわよっ!!」
「の?」
「っ……ベッドの隣にあるサイドチェストっ!! 上から二番目の引き出しにあるっ!!早く離してっ!!」
「そ……もしなかったら、首と身体はおさらばよ」
そう脅しの声をかけ彼女を部屋から出すようにして投げた。
「っ……狂ってる!!」
そう言い捨てて、走って逃げていった。遠くで、誰かっ!! と使用人を呼ぶ声が聞こえる。この火を消してこい、とでも言いたいのね。
「……ふふっ」
狂ってる、ね……そうさせたのは、貴方達よ。
内心笑いつつ、彼女の部屋を思い出し足を向けた。確か、クラリスの話だと、彼女の部屋は……と、階段を降りる。私と逆方向に急いで向かう使用人達もいたけれど、内心笑いつつも気にせず向かった。
彼女のいる部屋のドアに辿り着き、ドアノブに手を振れた。けれども、静電気が走ったように両手首のブレスレットが電気を纏い痛みを与えてきた。なるほど、このドアも魔道具なのね。このブレスレットと連動している。
けれどね、こんなもの。……壊してしまえば何の問題もないの。
私は、扉に向かって手を出し、手のひらを向けた。
「——『 』」
その瞬間、手のひらの先に炎が出現。そして、扉を勢いよく包んだ。
音を立てて燃え盛る、赤い炎。……そして消し炭となって崩れ落ちた。
部屋の中を覗けば、クラリスが過ごした部屋とは全く違う、広々としていてピンク色の可愛らしい内装が見えた。この部屋の、清潔なベッドの隣にある、同じくピンク色のサイドチェスト。上から二番目を引けば、見覚えのある宝石箱が現れた。
これは、私がクラリスにプレゼントしたもの。嫁ぐことが決まって、何かプレゼントをしたいと思いこれを選んだ。けれどまさか、嫁いで初日に没収されていたとは思わなかったわ。
これにはからくりがあり、子爵令嬢は開けなかったらしい。中身は何もなくなっていない。ちゃんと、クラリスの琥珀も入ってる。よかった……
これは後でクラリスに返すとして、そろそろ火が3階に回ったかしら。とりあえず私は外に避難しましょうか。




